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2020-01-28-政治考察-6- 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」では、永遠に勝てない

susa

政治考察 6

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」では、永遠に勝てない


口論、というか口喧嘩で、「例え相手の主張が正当なものであったとしても、ひたすら否定し続ける」という戦法を使う人がいます。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ってやつです。

喧嘩の目的が、「気にくわない相手を、徹底的に遠ざける」とか、「相手を屈服・服従させる」という所にあるのなら、それもありかもしれません。
ちなみに、これは動物が「自分の縄張りに入ってきた相手を無害化する」のと同じパターンの攻撃です。

そして、もしこれを政治の世界で行ってしまったら何が起こるかというと、それは「カルト化」です。

「相手を(全)否定する」というのは、「味方というのは、自分が(全)肯定出来る相手」という発想と根底で深く繋がっています。
従って、両者は容易くスイッチします。
そうして、ルールを決定する最上位の存在が絶対で、それに従わない者は排除される、というような現象が起こります。

小泉政権下で、「抵抗勢力」というレッテル張りをされて、小泉首相と同じ自民党議員が、首相と考え方が異なるという理由で次々に排除されてゆきましたが、それがまさに、「カルト化」といえるでしょう。

そもそも、人間関係の中で、「相手を全肯定出来る」なんて場面は、いったいどのくらいあるでしょう?

相手を全面的に服従させることが出来るのは、上記したような一方の権力が圧倒的に上、というような状態に限られるといえるでしょう。
そうして、お互いの地位や権限が近くなればなるほど、人間は、細かな部分では対立するようになります。
人間関係としては、後者がむしろ健全であり、前者のような一方がもう一方を支配する、というのは、異常な事です。
特定の人物や組織が絶対的な権限を持ち、他者を支配する――これこそ、まさしく「カルト」なのです。

更に言うならば、「健全な人間関係」というのは、お互いの細かな違いに対し、「寛容になれる」関係の事です。
そこに支配関係が成立しなくとも、自分と異なる意見を許容出来なければ、それはやはり、病んでいるのです。
ただし。
全てを許容する、というのも、同様に異常な事です。
明らかに自分や自分の大切なものに対して危害が及びそうな場合には、声を上げないことがむしろ、異常となります。

さて。
先日、国民民主党の玉木代表が、国会内で「夫婦別姓」について意見を述べた時に、自民党の席の方から「それなら結婚しなくていい」という声が上がり、これが報道されました。
そして、これに対して、「安倍政権に批判的な人々」の一部、というか、ブログや動画配信者達が激しく食いついて、反対意見を述べていました。

私は、この流れを見て、「まずいなぁ」と思いました。


まず。
「夫婦同姓」というのは、この国の伝統です。
少し学べば、歴史というのは「一族」と「一族」の争いの繰り返しだという事が判ります。
永遠に生きる事の出来る人間はいませんが、「一族」は理論上はそれに近い存在になれます。そんな中、「姓」というものは、「同じ一族の証し」として、機能してきました。
「姓」があると言うことは、自分の親やその親、更にその先の世代が誰であるかが解るということであり、「家系図をたどれる」という事です。
この「家系」の存在は、それを持つ者に、自分が存在することの確固たる正当性を与えます。
逆に言うならば、「姓」を奪うということは、「その者の存在することの正当性を奪う行為」に等しいのです。
そして、社会的地位の高い人ほど、この血筋を重要視する傾向が強いので、事実上、この家系図を持たない者(≒血筋が不確かな人間)は、社会の中で高い地位に上り詰めることが著しく困難になります。

これがとても強固に残っているのが、お隣の韓国で、この国では未だに血縁ではなくとも同じ姓だというだけで、結婚する事が出来ません。
法律で禁じられているのです。
恐らくこれは、一般人が生まれた土地から殆ど移動しなかった時代が長く続いた結果、「近くに居る同じ姓の相手は非常に高い確率で近親者だったから、結婚する事にメリットが薄い」という考えから、文化の中に根付いてしまったものなのでしょう。
 私も、これは流石に「そろそろその考えを見直したら?」と言いたくなります。

 しかし、それは他人が押し付けるような事ではありません。
 彼等が「これが我々の伝統なんだ」と言うのであれば、それ以上口を挟まないのが「礼儀」なのだと思います。
 少なくとも、その事で彼等が他人に迷惑を及ぼしているわけではないのですから。


さて。
それでは、「夫婦が異なる姓を名乗ること」には、いったいどのようなメリットがあるのでしょうか?

親子や夫婦の絆が希薄になるとか。
法律上、様々な手続きが複雑化するとか。
周りから見て家族関係の把握が困難になるとか。
自分がこの国で生きることの正当性を自覚出来なくなるとか。

デメリットを数え上げれば、キリがないと思いますが、メリットの方は、殆ど皆無に近いのではないかと思います。

テレビの特集などで決まって訊かされるのは、「結婚して姓が変わると、仕事上で不利になる」というものですが。
これはつまり、「ビジネス」ですよね?

「ビジネスのために、日本の文化・伝統を弄くりたい」という話しですよね?
「企業がビジネスを行いやすくする為に、既存の規制を廃止してゆく」という、安倍政権が推し進めてきた「新自由主義」と、いったい何が違うのですか?


少し前、男女平等という観点から、学校での名簿が、男女混合になるといった事が行われました。
学校関係者の方が仰って言いました。
「現場がもの凄い混乱している。手間が掛かって仕方がない」
「何ひとつメリットはなかった」
と。

「男女平等」を叫んだ方々が、自己満足の為に押し付けた政策の変更がもたらしたものは、混乱だけだったという事です。

後世の人々は、「なんて愚かなことをしたのだろう」と嘲笑の対処にするでしょう。
しかし、恐らく我々が生きている間は、この愚策が修正されることは難しいでしょう。
なぜならば、それをすると、「男女平等」の旗の下、この運動を推し進めてきた人々が、自分達の誤りを認めなければならなくなるからです。

これまで、「手柄」として吹聴してきたことが、「罪」に化けるのです。
嫌でしょ?
ですから、彼等のエゴの為、このような愚かな政策が、今後も続けられることになるのです。

さて。
そもそも、今の社会で解消しなければならない、一番の課題なんでしょうか?

それは、「富の一極集中の解消」に他なりません。

資産家と政治が癒着して、政治が機能しなくなりました。
政治家達は、国民を貧困化させる事を政治の目的にするようになりました。
なぜ、国民を貧困化させるかというと、その影には、濡れ手で粟で莫大な富を得られる人が居るからです。

その象徴が安倍政権であり、モリカケ問題であり、桜を見る会の問題です。

権力者、あるいは、大資産家達は、この流れを阻止したくて、あの手この手を打ち出します。
一番良いのは、彼等にとっての敵(=私達)が、全く別の問題で仲間割れを始めることです。

「富の一極集中の解消と全く関係の無い問題」。
しかも、
「意見が真っ二つに割れて、長期感対立するような問題」

まさに、「夫婦別姓」というテーマは、これに合致しています。


「夫婦別姓」という富の一極集中とは関係の無い、しかも、デリケートな問題で、安倍政権を攻撃すると、今は反安倍勢力の側にいる人々の中から、「ちょっと待ってくれ。それを持ち出してくるなら、お前達と一緒にやってゆく事は出来ない」と言い出す人が、相当数現れます。
つまり、「反安倍政権勢力」が分断されるのです。

そして、選挙で安倍政権の側の得票が多いままの状態が維持されれば、彼等は安泰で、今までと同じように、好き勝手を行い続けるのです。

つまり、この種の問題こそ、「トラップ」なのです。

人間とは、嫌いな相手の意見には、ついつい、条件反射的に反発してしまう生き物です。

安倍政権の側が、「夫婦別姓」について姑息なやり方で批判していると言うことになったら、安倍政権が嫌いな人間は、ついつい、「夫婦別姓」の側に肩入れしたくなるかもしれません。

しかし、その結果、「反安倍」の中で意見対立が生まれ、結果として、安倍晋三の天下が延命されることになるのです。

そこが見えるならば、この件については、スルーするでしょう。
そして、少なくとも安倍政権を葬り去るまでは、その辺の所は棚上げしなければならないという事を、認識出来るようになるでしょう。

「気にくわないから全否定する」では、政治では勝てないのです。

とはいえ、今回の一件は、私達に有益な情報を与えてくれました。
それは、「国民民主党の玉木代表は安倍政権のスパイである」という考えを、補強してくれたことです。

彼は元々、大蔵官僚であり、小泉政権時代には行政改革担当大臣を補佐する要職にあった人物です。
当時の官房長官が、安倍晋三、つまり、現在の内閣総理大臣です。

そんな彼(国民民主党)に対して、昨年、参議院選挙後に安倍政権から「大連立」の打診がありました。
これに対して、玉木氏は「結構です」と返答しました。

「結構です」という言葉は実に曖昧で、「YES」とも「NO」ともとることが出来ますが、彼が「強く否定をしなかった」という事は確定された事実として残りました。
そして、その後も煮え切らない態度で野党連合の動きを封じ続けて来ました。
その上で、今回の「反安倍」勢力が分裂を促すような事件の引き金を引きました。

もう、「スパイ確定」とみなして構わないでしょう。
政治の世界は、「疑わしき派排除する」のが大原則です。

従って、そろそろ彼には、政治の世界から身を退いて頂く頃合いではないかと思うのです。

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Posted bysusa

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