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2020-01-03-政治考察③(「他者への期待」することは政治か?)

susa

2020-01-03-政治考察③(「他者への期待」することは政治か?)

 自公連立政権が変質する事に期待を抱く人。
「野党連合」に固執する人。


 決して少なくない数の人が、上記に該当するのではないかと思うのですが、この両者には、ある共通点があります。
 それは「他者への期待」です。


 前者が心に抱いているのは、
「自公連立政権が国民に優しくなってくれたらなぁ」
 後者が心に抱いているのは、
「とにかく野党が一つに纏まってくれたらなぁ」
 いずれにしても、願っていることは、「他者が変化する」です。
 それも、単なる変質ではなく、「自分に都合の良い変化」です。


 心理カウンセリングの世界では、この種の「他者への期待」を重要視します。
 なぜならば、人間の悩みの大半は、「他者への期待」がこじれてしまったものだからです。

 よく言われることですが、
「自分意志で変える事の出来るのは、自分だけ。他人を変えることは出来ない」
 なのです。
 ですが実際には、私達は自分を変えようとはせず、代わりに他人が変化することを希望しがちです。
 とはいえ、現実には他人を期待通りに動かすことなど出来る筈などなくて、期待は見事に裏切られます。
 そして、期待が裏切られれば、当然のように心が傷ついてしまいます。

「他者への期待」は、例えば、「DV」などでも重要な意味を持っています。
 DVでは、暴力を受けている側が、「自分がもっと尽くせば、この人も変わってくれるかもしれない」
 というような、見当外れの期待を持ってしまうことで、泥沼に嵌ります。
 もし、状況を的確に把握することが出来て、つまらない希望なんて捨ててしまうことが出来たならば、「この人と関わっていたら、私が一方的に苦しみ続けることになる」と気がついた時点で、別れる方向に歩み始めるはずです。
 逆説的に言うと、「それが出来ない人=他人に希望を抱いてしまう人」が、DVの犠牲になるのです。

 確かに、この世の中では「お互い様」が通用する相手が多数派です。
 それは、人類が進化の過程で、「独りでは生きて行けないから、助け合いを行う」という習性を獲得した結果です。
 ところが、人類の進化はそれに留まりませんでした。
「相手が簡単に力を貸してくれるなら、一方的に貰えるものだけ貰っておこう」という戦術の採用です。
 これが、遺伝レベルで発現したのが、所謂「サイコパス」です。
 サイコパスは、平然と嘘がつけて、恐怖心や他者への共感力が乏しい為、ひたすら利己主義的に生きる事が出来ます。
 ただ言葉だけで見ると、とんでもない悪党に聞こえるかも知れませんが、人類という種が滅びることなく子孫を残し続けてゆく上においては、性格に多様性があった方が都合が良かったのです。サイコパスは、一般的な人間よりも決断力があり、リスクを恐れずに行動します。
 そういうチャレンジャーが居てくれたから、人類は行動範囲を拡大し続けて来られたのです。

 そして、政治家というのは様々な職業の中でも、この「サイコパス」の割合が飛び抜けて高いものの一つと言われています。
 ですが、このサイコパスという人種は、「国民に対して平気で嘘をつき、国民に対して不利益を押し付ける」という政治を行う可能性が高い人種でもあります。
 一方で、危機に対して決断力を存分に発揮し、誰よりも優れた指導者として人々を導く可能性もあります。

 それが、サイコパスの「特質」なのです。彼等は、「良い人、悪い人」というくくりで生きているわけではないのです。
「ハイリターン」を得る為に、果敢にリスクを冒すタイプの冒険家なのです。
 そんな人種に、「危険だから冒険は辞めて下さい」と期待することは、不毛以外の何物でもありません。

 ところが、私達は、それでも「こんな風に変わってくれないかなぁ」と他者へ期待してしまいます。

 では。
 そのように「他者の変質」を願うことは、果たして「政治」の範疇に含まれるのでしょうか?

 含まれないのです。
 他者の変化を期待することは、祈りであり、願いであり、「信仰」の類になるのです。
 つまり、冒頭に述べた
 自公連立政権に「国民の為の政治を行うことを期待する」
 とか、
 立憲民主党が「消費税減税の正当性を理解して、れいわ新選組を交えた野党連合を結成する」
 などという夢を見ることは、政治ではなく、「宗教」なのです。


「政治」とは、「自分はその政策を実行する、と主張する人物を選出する行為」であり、今現在政治家という役職にいる人間に働きかけて、人間的に変質することを期待する事ではないのです。
 その為、数合わせの為だけに本質を捨てて離合集散を繰り返せば繰り返す程、政治は政治の本質から逸脱し、訳の判らない状況に陥ってゆきます。
 そして、そんな訳の判らない状況下にサイコパス型の人間がいた場合、好機到来とばかりにその本性をむき出しにして、自己の利益を最大化する為に他者を喰いものにするようなことを始めるでしょう。

 そのような見地に立った場合、「この国の政治がここまでおかしくなってしまった責任の一端は、「適当に議員を選び出し、後から頼み事をするのが政治」と勘違いしている、国民の責任がかなり大きい事が判ってくるはずです。

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Posted bysusa

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