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この国の本当の仕組みーーその4(宗教)

susa

この国の本当の仕組みーーその4(宗教)

おじぞうさん
おじぞうさま もともとは、日本中の、人の往来の多い道の脇などに、人々を見守るというような意味合いで設置されていた石の仏様。だが、今はインテリアやマスコットとして扱われることも多い。ただ、こういうものは購入は気楽にできるが手放すときにはなかなか捨てることが難しく、近くのお堂などにこっそりと捨ててゆく人が跡を絶たない。そのため、お堂の片隅をふと見ると、安っぽいプラスチック製のおじぞうさんなどが、大量に鎮座していたりすることがしばしばある。これは、「熱帯魚を飼えなくなったから」と、近くの河川や池に放してしまう行為に似ている。


宗教は麻薬である。

と、口の悪い人は言います。主に、政治や経済を重視する人に多いように思います。
ところが、
宗教は紛れもなく、薬としても機能しています。
同時に、猛毒の宗教というものを、間違いなく存在します。

つまり。
宗教は、時に麻薬であり、時に薬であり、時に、猛毒になる。
という事です。

そして。
公平な観点から考えてみましょう。
普通の薬だって、依存性が発生する麻薬としても、普通に薬としても、猛毒としても機能してしまいます。

ピル

人間関係にだって、「麻薬型」「薬型」「猛毒型」に該当する関係があります。
第一回で取り上げた結愛ちゃんの家庭の場合、一般的な当たり前の両親が「薬型」だとすると、結愛ちゃんの両親は「猛毒型」だったわけです。


そして、その2、その3で取り上げた日本の政治というものは、右も左も「猛毒型」なわけです。

ここからいえることは、「宗教は麻薬」という言葉そのものには、何の意味もないという事です。
麻薬になった宗教も確かに存在するでしょう。
猛毒と化した宗教だって存在することを、私達はよく知っています(オーム真理教を筆頭に、多くの宗教が社会に害をなして世間を騒がしてきたわけですから)。
同時に、薬として機能する宗教も幾らでも存在します。
これらの事実をひっくるめて、「宗教は麻薬」と断じてしまうのは間違いです。


それは、「全ての薬は麻薬である」「全ての薬は猛毒である」と言っているのと同じです。

また。
自分自身や他者を評価する場合には。
自分は○○だから「正義」とか、アイツは△△だから「悪」とかいう評価の仕方も、間違っているということになります。

「自由民主党は害悪として機能して日本を蝕む毒ウヨク」みたいな表現が本来は正しいのでしょう。
また、「立憲民主党」は党首の方が「保守」を自称していますが、肝心なことは何もやらない、情の薄い、「傍観者」てきな存在なので、やはり彼らも「毒保守」あるいは「毒サヨク」と言ってしまって良いのでしょう。


 右だからいけないとか、左だから悪いとかいう話ではないんですね。
 右であろうと、左であろうと、毒だから悪くて、薬として機能してくれるなら良いのです。
 そして、人間関係の場合、何が「毒」を生じさせるかというと、ほとんどの場合は「幼児性=他者への無関心≒強すぎる自己愛」です。

「とにかく、何を犠牲にしても自分が助かりたい」というスタンスの人間が政治家をやれば、「毒政治家」になりますし、
「とにかく、何を犠牲にしても自分の企業だけは儲けを出したい」という企業は「毒企業」になります。

「とにかく、家族を犠牲にしても自分だけは安らぎを得たい」みたいな人間が親になって子供を犠牲にすれば「毒親」。
「とにかく、何を犠牲にしても自分の宗教団体企業だけは絶対(=神に認められている)」みたいな宗教は、毒宗教です。

政治を考え、政治家を批判する時に大切なのは、「右だから」「左だから」じゃないんですね。
「毒」であるか、「薬」であるか。そこなのです。
そして。自由民主党は「猛毒」ですし、多くの野党も「毒物」です。

で。
またしても、れいわ新選組の話になってしまいますが。
あそこは、「みんなに忖度」「あなたを幸せにしたいんだ」というキャッチフレーズで政治活動を行なっています。
こういう所は、それを真摯に行なっている間は「毒化することはない」と言えるでしょう。
(もちろん、山本太郎と言えども、腐れば毒になるでしょうけれど)

蛇足になりますが。
一応。
おじぞうさまというのは、「人々を見守る」という存在という建前ですので、その理屈からいうと「毒地蔵」というのは存在しないとは思うのですが……

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Posted bysusa

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