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いきもの憑りのお話ーー87(オーディーン)

susa

いきもの憑りのお話ーー87(オーディーン)

オーディン1

オーディン 北欧神話の主神。やたら多くの異名を持つ。ユグドラシルの樹の根本にあるミーミルの泉の水を飲み、魔術と知性を手に入れた。そして、その時の代償として左目が失われた。最強の神器グングニルを持つ最強の神であったはずだが、ラグナロクにおいて、フェンリルに食い殺されて絶命する。ちなみに、新世紀エヴァンゲリオンの中に登場する「ロンギヌスの槍」は、どう考えてもグングニルの様に見える描写が描かれている。そのため、逆説的に「使徒と人類の戦い」は北欧神話の「ラグナロク」を模したものであると解釈することも出来るし、槍が自らの所有者であると認めたエヴァンゲリオン初号機=オーディンという解釈も成立する。
また、作中にエヴァンゲリオン二号機がエヴァンゲリオン量産型によって無残に喰われるシーンがあるが、これは、物語の展開上、エヴァンゲリオン初号機を使徒に喰わせることは出来なかったが、北欧神話においてフェンリルに喰われるオーディンという演出を、代理であるエヴァンゲリオン二号機によって再現したという解釈が成立する。そして、北欧神話は、オーディンの子供(=エヴァンゲリオンの子供=碇シンジ/アスカラングレー)を含む数名の神々による、世界の再生によって幕を下ろす。まぁ、エヴァンゲリオンのことはとりあえずどうでもいい。

喰われるエヴァンゲリオン2号器
量産型エヴァンゲリオンに貪り食われるエヴァンゲリオン2号器 エヴァンゲリオンという作品が北欧神話の要素を取り入れているという解釈に経つと、このシーンは「フェンリルに喰われるオーディン」となる。
いや。繰り返しになるけれど、エヴァンゲリオンのことはどうでもいい。

 私の場合、火水神示(日月神示の別名)を解いて霊感だかなんだかを手に入れた。
 で〜。
 巡り巡って、太陽さん(アマテラス=左目の神様)を失った。

 そうすると、頭の中では当然のように、スサノオという点とオーディンという点が、一本の線で結ばれます。

 そして、あまりの共通点の多さから、こう考えるわけです。

「オーディンって、北欧にたどり着く前はスサノオだったんじゃないの?」

 普通に考えれば、私の言っていることは明らかに「異常」です。
 オーディンにはオーディンの物語があります。
 スサノオにはスサノオの物語があります。

 けどね。

「物語の世界」だと、こういう事って、珍しくもなんともないんです。

 ある作品のキャラクターが、あまりに大きくなって、「別作品の中で、別のキャラクターとして動き始める」
 みたいなことは、むしろ、創作家だったら当たり前にやることです。
 そして、その際には、同じような設定を使い回すわけにはいかないので、原型とは異なる生い立ちをでっち上げ、オリジナルとは異なる肉付けを行って、なんとか、「同一キャラクターだと見破られないように工夫する」。

 だけど。
「この世界って、なんか、おかしくね?」
「イースターエッグみたいな、「創作者の痕跡」が、あっちこっちに散りばめられてないか?」
「特に、《数字》の分野の中では、その傾向が顕著じゃないか?」
 って疑問を持ってしまうと。

「あぁ。スサノオの物語は無数に存在していて、その中には、スサノオが敗者として去ってゆくコースってのもあるんだなぁ」
「その敗北者スサノオの物語ってのを膨らませたものが、オーディンであり、このオーディンを核に構築された物語が北欧神話なんだろうなぁ」
 っていう解釈を、私は、受け入れてしまうわけです。

「現実」を無視したことを言っている事は承知しています。
 こういう「飛躍した論理」ってのは、何かの「きっかけ」としては有効ですが、これをそのまま他人に打ち明けても、「お前、頭おかしい」で片付けられてしまう話です。

 ですが。
「狂った状況」の中では、「アマテラス」を失ったスサノオ=オーディンという考えは、実に納得できる解釈だったわけです。
 少なくとも、私の置かれていた状況を理解する上において、「無数に存在するであろうスサノオ物語の顛末の一つがオーディンの物語」という解釈は「正鵠を得る」ものでした。

 と同時に。
「もう、煮るなり焼くなり好きにしろ(いつまで引っ張るつもりなんだ)」と、完全に投げやりになっていました。

つづく

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Posted bysusa

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