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雑記(2019-07-05)-バナナを箱で頂きました

susa

雑記(2019-07-05)-バナナを箱で頂きました

バナナ

 バナナを頂きました。
 箱にぎっしり詰まったものを頂いたのですが、絶対に食べきれない量なので、近所におすそ分けしました。
 下さったのは、『梅』の件とは全く関係ない、死んだ父の友人だった方です。
 私にとっては酒浸りの最低な父親だったんですが、死んでからもう10年以上も経つというのに、こうやってよくしてくれる方がいるのだと思うと、ちょっと不思議な気持ちです。
 バナナは鬱っぽい時に良いというので、ありがたいです。
 最近引きこもりがちで鬱っぽかったので。
 というか、動かないのでまた体重が増えてきました。
(せっかく減り始めていたのに!!)
 気持ちは凹なんですが、その反面、無性に、身体を動かしたいです。

メダカの卵-20190706

メダカの卵です。
水草の根っこに、びっしりと産み付けられています。
メダカキャビア(どんな味がするんでしょうかね?)。

現在、メダカはアホみたいに増えてます。
(今年生まれた子供メダカだけで、たぶん、すでに500匹ぐらい居る。この間の大雨で、水槽に蓋をするのを忘れてしまったせいで、流されてしまったのもだいぶいるけど。でも、まだ7、8、9月と、産卵は続いてゆく……)

子供メダカのための水槽は、現在3つ用意してあるのですが、子供メダカは生まれたタイミングが2〜3週間ぐらい違うと、先に大きくなった子供メダカが赤ちゃんメダカを食べてしまうという暴挙を初めてしまいます。いわゆる「共食い」ってやつです。子供メダカに限った話ではなく、大人メダカも子供メダカや赤ちゃんメダカを食べます。
 それは、自然界では当たり前に観られる光景で、そうやって奇形として生まれた子供を摘みとってしまって、結果として「強い血統だけが生き抜いてゆく」っていう意味合いも有りますし、池や水路の中という、限られた空間の中で生き抜く者にとっての、当然の行為なのでしょう。

 ただ。
 人間が、メダカと同じようになってしまうことには、賛成できません。
 小泉政権以降、この国が行ってきたこと、あるいは、グローバリズムの名のもとに世界樹で繰り広げられてきた事というのは、この「共食い」にほかならないと思います。
 一方で国家や集団への帰属を求め、もう一方では弱肉強食の掟を掲げて容赦なく踏み潰し、あるいは喰い物にしてゆくということは、完全に矛盾した行為であり、後者を容認するようであれば、「法治国家なんてやめてしまえ」、ということになります。刃物で相手を刺し殺すのも、銃の乱射で人を殺すのも、強者が自分の地位や権力を行使して弱者をすりつぶしてゆくのも、等しく殺人行為です。

 法律というのは、「弱肉強食の掟」がもたらす地獄から、人間がなんとか逃れようとして創りだした知恵であって、法律によって「弱肉強食」を肯定してしまっては、なんの意味もなさないのだと思います。

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昨日、もうひとつ荷物が届きました。写真左側の四角いやつです。
マイコンですね。
基盤には、右側のトレーに乗っかっているものと、同じものがはんだづけされています。

最初、「なんでこんなもの買ったんだっけ?」
って思ったんですが、すぐに思い出しました。
 接続方法が解らなかったんで、配線を調べるための参考資料として買ったんでした。
 で、確かに届いた基盤を使えば、正常にパソコンと接続して、データのやり取りが出来たのですが、私がマイコンをはんだづけした基盤だと、相変わらず上手く出来ませんでした。

 いえ。
 先日のマイコンとは系統が違うので、どちらか片方に的を絞ってしまうのが正解だってことは、理解しています。
 そのことは、頭では理解はしているのですが……

 何でしょうね?
「使えるように出来れば、何かが前へ進む」って、心のどこかで感じているのでしょうかね?

 おそらく、私にとってのマイコンは、どこまで行っても、「玩具」でしかなくて。
(まだこの世界には存在しないような)意味のある道具を生み出したり、これを活用して仕事を得ることが出来たりっていうことは無いのでしょうが。
 しかも、マイコンによって得られれた知識が、人生を豊かにしてくれるとも思えません。
 だから、そう考えると、完全な「時間(とお金)の浪費」って事になるのでしょうが。

 それでも、「理解したい」「使えるようになりたい」って衝動が出てしまうんですね。
「エゴ」ってやつなんでしょうね。

トランジスタ技術(2005年)

家の中で見つけた、2005年の雑誌の付録です。
私が今いじっているのは、基本的に、この時の雑誌の付録と、大差がないレベルです。
ただ、当時はプログラムは「マシン語」で書かなければなりませんでしたし、パソコンとの接続も、今とは違ってシリアルケーブルを介してでした。

あの頃に、この基盤を使って勉強していたら、「この辺りの状況」は随分違っていたのだと思います。
ただ、この基盤と同等の商品を買い求めようとすると、確か、この雑誌1冊よりも値段が高くなったんじゃないかと思います。
手が出せなかったわけです。
今回、私がかった基盤は1つ150円程度で、しかも送料はむりょうなので、壊しても対して痛くありませんが。当時は、「全くわからないモノ」を、一瞬で壊してしまうかもしれないと思うと、恐ろしくて手が出せなかったんですね。

あと。
思い返せば、あの頃も、私の人生はかなり煮詰まっていて、余裕が全く無かったんですね。

人間、ちゃんと生きてゆくためには、ある程度の余裕(時間的、金銭的)がないと、どうにもならないと思います。
逆に、時間的、経済的に、ギリギリまで追い詰めてしまえば、他人はその人をいいようにコントロールすることが出来るようになります。
その人は、「僅かなお金」の為に、血眼になって働かなければならなくなるからです。

そいういのが、「今まで行われてきた政治」なんだと思います。

そして、そのことに気づきにくくするように、「外国の脅威」とか、「ワールドカップやオリンピックのようなお祭り」みたいな事を、メディアがこぞって追いかけ回してきたのだと思います。

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Posted bysusa

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