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文字起こし(Youtube-2019-06-28)-木村英子(れいわ新選組候補者)出馬表明

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文字起こし(Youtube-2019-06-28)-木村英子(れいわ新選組候補者)出馬表明
以下の文章は、Youtubeに投稿された木村英子さん(2019年参議院議員出馬予定)の出馬表明記者会見の動画を当方が文字起こししたものです。
関係者からのクレーム等によって、削除される可能性があります。

山本太郎:
ありがとうございます。
令和新選組の代表の山本太郎です。連日、この事務所において立候補予定者、発表させて頂いております。
「毎日呼ぶんだったら一気にやってくれよ」
と思われる方いらっしゃると思うんですけども、いろんな事情がございましてこのような状況になっております。どうかお許し下さい。
でですね。
本日、皆様にご紹介する立候補予定者なんですけれども、
昨日は『生きづらさ』という部分を中心に考えていった話しだったんですけども、今日はですね、『生産性』という部分です。
これも生きづらさに繋がってゆくんですけど、生産性っていうものでもって人間の価値が計られる、というような社会にもうすでになっていると思います。
これによって苦しめられる、これによって自分の命を絶ってしまう、そんな方々が、もう、沢山いると思うんですね。
会社の役に立っているのか?
とかですね。
ひいては、国の為に役に立ってんのか?
誰かの為に役に立ってるのか?
みたいな話しもよく聴かれますけれども、ハッキリ言って、こういうような空気が蔓延している世の中はハッキリ言って地獄ですよね。
この地獄を何とか止めたい、と思っています。
人間は、存在するだけで価値があるものだ、という考え方に基づいて政治が行われないならば、その世は地獄である。
地獄であろう、と。
まさに今が、その状況だと考えています。
生産性ではなく、如何に、存在しているだけで人間は価値があるか、という社会を実現する為に政治がある、と。
そういう考え方の下に、令和新選組はこれから、やっていきたいという風に思っています。
『当事者抜きに当事者のことを決めるな』
当たり前の事ですけれども、現在の政治の中ではそれが実現出来ていない。
その中の当事者とも言える方をご紹介したいと思います。
れいわ新選組の四人目、立候補予定者。
この方です。

木村英子さんです。
よろしくお願い致します。
まず、木村英子さんの方から、お話しの方をして頂いて宜しいでしょうか?
マイクございますか?
ちっと待って下さいね。今、セッティング致します。


木村英子:
初めまして。木村英子と言います。宜しくお願いします。
今、これからちょっと、あらかじめ用意したものを読みます。
途中、声が出なくなることもあるのでお水を飲みますが、ご了承下さい。

太郎さんとの出会いは、三年ぐらい前の事です。
とても印象に残っているのは、太郎ズネットワークの総会に参加した時に、太郎さんの掲げた公約の中に、障害者政策がなかったので、「ぜひ入れて欲しい」と発言したら、
「ここに居るみんなの前で、障害者政策を必ず入れてゆく事を約束します」
と断言して言ってくれたことが、とても心に残っています。
本来、私は養護学校高等部を卒業したら、施設に入れられてしまう存在でした。
生後8ヶ月の時に障害を持ち、幼い頃から施設と養護学校で生活し、19歳で地域に(不確定)見えるまで社会を知らずに育ちました。
同じ年の健常者の友だちが出来たのは、地域に出て来てからです。
一生、施設で生かされ、死ぬまで出る事は出来ないとずっと思っていました。
なのに、今こうして、参院選で立候補して、記者の皆さんの前でお話しするなんて、自分でもとても信じられません。
私の同級生の仲間の障害者達は、みんな、今、施設にいます。
小さい頃からですから、施設に50年も居る人もいます。
私達、重度障害者にとって、親が介護が出来なくなれば、施設に入れられ、一生そこで終わってしまうことが、当たり前の道筋なのです。
障害者は、施設に入りたくて入っているわけではありません。
そこしか、行き場がないのです。
施設で育った私が、社会を全く知らず、地域で自立生活をすることは、雲の上の夢でした。
でも施設での生活は自由がなく、管理され、時に虐待を受ける。
そんな生活に耐えられずに、既に自立で、地域で自立して暮らしている先輩の、障害者達に助けられ、19歳で地域生活を“国立(くにたち)”で始めました。
その時、奇跡を感じましたが、こうしてここに居ることも、私にとっては、とても大きな奇跡です。
その奇跡を作ってくれたのは、今ここに居る、山本太郎さんです。
私が立候補した理由は、障害者運動を続けてゆくなら、政治に参加して戦っていこうと思ったからです。
今まで、障害者の仲間と共に地域で生きる為の介護保障制度を行政に対して運動してゆく事こそが私の生活そのものでした。
私は地域に出て、健常者の人と同じように、ただ、普通の女性として、当たり前に生きていきたかっただけなのに、地域に出た途端、障害者の介護保障運動をしなければ生きていけないことを、思い知りました。
地域で生きていく以上、死ぬまで運動してゆく事が、今の私の現実です。
私は日頃、障害者の仲間達と運動しています。
その状況を、少しお話しします。

2003年に、“措置”から“契約制度”に変わってから、ヘルパー派遣についても、行政は責任を放棄し、民間に投げてしまいました。
更に、障害福祉制度と介護保険を統合しようとしている国の動きの中で、地域で暮らしている障害者の生活は、壊されようとしています。
障害福祉で必要な介護時間を、保証して貰っていた一人暮らしの障害者が、65歳になった途端に介護保険に組み込まれ、介護時間を減らされて、外出も出来なくなり、お風呂にも入れなくなりました。
自分でベッドに移動出来ないので、ずっと座椅子の上で寝るしかなく、褥瘡が出来たり、ヘルパーが一日一時間しか来ないので、食事も一回しか食べられない。
そんな状況な人が居ます。
全国的に、人手不足ですが、介護職という重労働で、安い賃金の所には更に人は集まらず、せっかく命がけで施設を飛び出し自立生活をしても、介護事業所から人手がないという理由で、お盆や暮れはショートステイで、施設に入れられてしまうといった始末です。
そんな厳しい現状の人が、どんどん増えています。
障害者は65歳になった途端、障害者ではなくなり、高齢者の枠に入り、今まで受けてきた介護制度を減らされて、命を脅かされています。
障害者は、一人一人、障害が違います。介護の方法も全く違います。
65歳になるまで、自分にあった、必要な介護を受けてきた人が、65歳になった途端に減らされ、命の危険に晒されている、生活を強いられています。
行政は“地域移行”を掲げていますが、障害者の生活を壊し施設に逆戻りさせてしまう、そんな政策は明らかな人権侵害であり、あからさまな差別です。
立候補させて頂いた理由は、障害者運動をしてゆく中で、山本太郎さんと出会い、太郎さんから
「障害を持った当事者の現状を直接国会で訴えていって欲しい。一緒に戦って行きましょう」
と声をかけて頂いたからです。
私のような重度障害者が国会に声を届けるチャンスを太郎さんから頂いて、今回、立候補させて貰う事を、決意しました。
厳しい現状を強いられている仲間達の、苦悩と叫びを、私が障害当事者として政治に参加し、少しでも変えてゆく事が出来たら、と思っています。
障害者は、障害を持った時点から、教育の場面でも、働くところからも、住む場所も、遊ぶ場所も、何処でも、別けられてしまいます。
その事で、街の中のバリアや人の心のバリアも広がっていきます。
別けられれば別けられる程、差別は酷くなって行くばかりです。
それは、私にとっても、とても生き難い社会です。
そして、誰にとっても、生き難い社会の筈です。
小さい時から共に育ち、学び、遊び、支え合って生きる社会は、差別のない、誰もが生き易い社会になると信じて、戦って行きたいと思っています。
以上です。


山本太郎:
ありがとうございます。木村英子さんからのご自身のお言葉でした。
マスコミの方から何かございますか? 媒体名とお名前を教えて頂ければと思うのですけれども。
質問浮かびませんか?
すいません。じゃあ、どうぞ。

堅田(不確定):
フリーライターの(不確定)堅田と申します。宜しくお願いします。
木村さんにまず話ししたいのですけれども、これまで、障害者の方々の社会運動であるとか、政治への働きかけってのは、全く無かった訳では無いとは思うんですけども、木村さんご自身が今回選挙を通じて、あるいは当選された後に、政治に関わって行く、その活動というのは、これま障害者の方々が積み上げて来られた活動であるとか運動とは、どういった点が違うっていう風に、ご自分では、感じていらっしゃいますでしょうか?

木村英子:
私の現状を訴えるという意味では、そんなに変わらないと思います。
ただ、場所がですね、市町村とかの行政に対してだけではなく、国会の沢山の議員さんの前で、私の存在と、私の状況を知って貰うという事で、国家の中のバリアとかですね。無くなっていったら良いなっていう風に思っています。


山本太郎:
他、ございますか?
では、そちらの方。
そのまま手を挙げておいて下さい。マイクフォローさせて頂きますので。


樋口:
スポーツ報知の樋口と申します。
まず、患ってられる病名は何かというのをお聞きしたいというのと、あと、実際、選挙戦での選挙活動、演説とかされるのかどうか、お伺いしたい。
ご本人にお伺いしたいというのと。
山本さんにお伺いしたいんですけども、もし当選した場合ですね。国会。参院の国会の中に--なんと言うんですか、入るスペースというか、席というか……、今の段階だとあんまり無いのかなと思うんですけども、そういった所とかも変えて行くおつもりがあるのか、ということをお伺いしたいんです。
あと、すいません。
あともう一点。全国比例とかで出るのか、選挙区で出るのか、どこから出るのかという所も、併せてお伺いします。

木村英子:
私は、生後8ヶ月の時に歩行器ごと玄関に落ちて、首の骨を損傷してしまって、脳に障害と、それから、小さい時からという事もあるので脳性麻痺も持っています。
演説をするかっていう質問なんですけれど、私も初めてで、ちょっと判らないので、太郎さんの方から良いですか?


山本太郎:
ありがとうございます。
今、ご心配頂いたのが、
「もし、重度障害の方が国会の中に入られた場合、国会の受け入れ体勢ってものが、そもそも出来ていないじゃないか」って事ですね?
例えば、議席。座る所って事を考えてみても、車椅子が入るっていうような作りにはなっていない。
それだけじゃなくて、例えば介助者が入らなければならないっていうことは、現在許されてませんね。
「どうしてですか?」
って事なんですよ。
「おかしくないですか?」
って事なんですよ。
「700人以上国会議員が居ながら、どうして当事者が一人も入って居ないんですか?」
って事なんです。これが全てです。これが全てです。
で。木村英子さん御自身は、院内交渉とか、省庁に対する交渉っていう場でも、私、ご一緒したことあるんですけれども、かなり攻めの姿勢で、理路整然と官僚達とやり合うという方なんですよ。
そういうような当事者で有りながら、そういう自分達の仲間、発語が出来ない方だったり、色んな方の代弁をなさっている方だという事で、私はぜひ一緒にやりたいと、ずっと何年も前から思ってたっていう部分があります。
何よりも、そういう方じゃなかったとしても、木村英子さんみたいな理路整然と問題点をしっかりと相手側に突きつけるっていう、例えばそういう才能が無かったとしても、私は当事者は入るべきだと。
何故ならば、
「当事者抜きに当事者のこと決めてるんでしょ?」
って事なんです。
「おかしくないですか?」
って。
「どうしてそんなこと決められるんですか?」
って事なんですよね。
じゃ、何よりもまず国会内がバリアフリーであるべきだろう、っていう事もあるし。
これまで国がやってきたバリアフリーってのは全くバリアフリーでも何でも無くてバリアーの中に閉じ込める施策だったんだって事を私は木村さんからも教えて頂いた、と。
企業の利害。企業側の利害関係者、代弁者は山程居るのに。
特に与党側なんてそうですよね?
けれども、多くの方々が苦しんでいる状態の、その側に立つ当事者が一人も居ないんだ?
っていうおかしな話しなんですよね。
だからこれは、みんなで勝ち取っていかなきゃならないって事だと思います。国会が、どんな人に対しても敏感に反応出来る場所であるべきだ、と。
その為には、やはり、木村さんのお力。私は国会には必要だという風に思っています。
で。選挙区か比例かって話しなんですけど、これまでの流れの通りですね。また、それも発表出来ない状態です。まだ、全員そろった上で、一番力を出せるのはなんなのか? って事を決定していきたいって事です。
演説についてなんですけれども、やはり、ここはご本人の体調というところもやっぱり考えなければならないと。
国会の中もそうだし。国会の外もそうだし。
合意的配慮っていうことを、みんなで考えていきながら進めて行く。
っていう。
まさにこの、選挙をやりながら、これは、それぞれの運動。障害者の運動でもあり、それぞれの運動であるって事を実践していけるのが例話新撰組であったら良いな、という風に思っています。
他ございますか?
じゃあ、(不確定)ありがとうございます。


堅田(不確定):
木村さんに2点お伺いします。
フリーの(不確定)堅田です、度々すいません。
一つは、これまでというか、今行われている、障害者に対する政策であるとか、行政の中で、直ぐにでも改めなきゃいけない、これはもう、本当に酷いってものがあれば挙げて頂きたい。で、他に。もしあればですけども、最近とられた政策の中でこれは良かったなってなものがもしあれば伺いたいって事が一つです。
もう一つは、候補者になるにあたって山本代表とは色んな話しをされたかと思うのですが、あえて政治の道に出て行こうと決断された決め手となった山本代表のお言葉みたいな事がもしあればうかがえればと思います。
以上、2点です。

木村英子:
「施策で酷いもの」ですね。どれも酷いんですけど、やっぱり介護保険に障害者施策が統合されて行く流れってのが年々酷くなっていまして、やっぱり介護時間を減らされたり、とか。特に介護保険事業者さんから派遣されてくるヘルパーさんは高齢者の方を対象なので、しかも、資格を取るに当たって――高齢者中心のマニュアルの試験内容になっていますから、障害者一人一人の障害に合わせた介護っていうのがなかなか出来なかったりとかですね。
あと、自立生活を施設から飛び出して来てした人達は、命を賭けて出て来て、昔は街頭でビラを撒いたり、大学等でビラを撒いてですね、介護者を見つけて来たんですけど、そういった苦労をして生活を地域に移しても、介護保険に統合されてしまうと、地域で生きれなくなって、施設に入れられてしまうという現状が、非常に、毎日不安です。実際に、さっきも言いましたが、お盆とか暮れにはですね、介護者が足りない、人手が足りないとかいう理由でショートステイで施設に入れられてしまう人も出て来てますし、そういう意味では施設が嫌で出て来ているのにそういう所に入れられるっていうのは、恐怖を抱いている人が沢山居ると思います。
で、良い点ですね。良い点は、そうですね――あまり見当たらないのですが、ただ差別解消法が施行されて少しずつ障害者の人を理解しようという自治体も増えてきて、お店とか、そういう所のバリアフリーに少しずつなってきたなっていうのは、とても助かるなって思います。
交通機関も、電車ではスロープを出して頂いたりとかしてますし、そういうハードな面は少しずつ良くなっているとは思いますけど、やっぱり、精神的な“心のバリア”ですね。心のバアリっていうのはなかなか、健常者の人と障害者の人の間には取れないなっていう想いをずっと思っています。やっぱり、それは普段の生活の中に障害者の人達が少ないっていう事もありますし、もちろん、施設にいる方が多いっていうのもありますけど、もちろん、在宅の方も居ますし。でも、なかなか外に出られない社会のバリアが多くてですね、そういう状況の中で、もっと小さい時から一緒に生活が出来ていれば、もっとこう、珍しいモノではなくて、一緒に当たり前に色んな所に行ったり、生活を共にしたりという事が、自然になっていくことが一番良いことじゃないかなって思うので、そういった、心のバリアを少しでも無くしていけたらなっていう風に思っています。
あと、3点目何でしたっけ?
あ。立候補と決め手となった、何でしたっけ? あぁ、一言。
そうですね。
でも、障害者の人達は、身体が結構キツイですから。障害が重くて。
生活を介護者の人とする事も精一杯だったりします。
その精一杯なのに、行政に働きかけしてかなきゃいけないっていう、日常を抱えているので、障害――私はかなり重度の障害なので、本当に今、しゃべる事しか出来ないんですね。あとは殆ど介護を受けます。
水を飲むことから始まって、トイレとかお風呂とか、全てに介護が必要なんです。
そういう中で、どなたかが障害を持っている方が国会に出ることによって、少しでも地域社会が変わっていけたらなっていつも思っていますけど、なかなか自分からってのは難しいと思うので、今回は、出ようと思った強い気持ちは、やっぱり、太郎さんからお誘いを受けて、真剣にその障害者の人と歩調を合わせてですね、国会に行って、運動していこうっていうか、そういう気持ちが強いですね。
やっぱり私のような重度の障害者に歩調を合わせてくれる健常者の人ってなかなか少ないと思うんですよね。
で、そういった中で、私は政治の世界はなにも判りませんし、本当に出来ることといったら自分の身体を持って障害を――障害者に対する政策を、少しでも変えて貰いたいっていう、その思い一つなので、それが実現出来るなら、自分の――私が――出馬して、何か出来ることは無いかっていう覚悟で出ました。
はい。

山本太郎:
ありがとうございました。
他にございますか?
では、そちらの、眼鏡をかけた男性。

宮原:
すいません。毎日新聞の宮原と申します。よろしくお願いします。
先程ですね。運動をされていたっていうことや、省庁との交渉ともされた――という事を仰ってましたけれども、これまで、具体的にどういう事を交渉で求めていって、その結果、どういった結果が得られたか、あるいは得られなかったかというのを少し具体的にお聞き出来ればというのと、先程「しゃべる事しか」という事も仰ってましたが、すいません、首の――折られてといういと、脳性麻痺ということで、症状としては、身体喉の部位が動かないか、そういったことも少し伺えればと思います。

木村英子:
すいません。私、メモが出来ないので、すいません、一個ずつ答えて良いですか?
一個答えたら、また聴いちゃうので良いですか?
最初は、そうですね。
交渉で何をやってきたかって事ですよね。
今、介護保険の話しはしましたが、障害者の人の入院時の派遣について、も、交渉してきました。入院時の派遣というのは、今、障害程度区分6の人は入院時に介護者を付き添いとして付けていいという法律になっておりますが、やはりその、各自治体で、その介護士を付ける事について認めている地域と認めてない地域っていういはあるんですね。でも、障害者にとって、介護者っていうのは命綱で、とても側に居なきゃいけないパートナーなんですね。介護者が居なければ、本当に水も飲めないので死んでしまいますし、その介護者が居ないと、入院出来ないんです。入院したら看護しさん達は看護を行ってくれますが、看護の領域だけでは、例えば、突然に――入院って突然するわけですから、私の身体の足をどういう風に曲げて良いかとか、どこにクッションを入れたら良いかとか、そういう細かいことは全然判らないんですね。でも、首がちょっと倒れただけでも目眩を起こしたりとか、足が痛くなったりとか、そういうことが起こりますので、介護者が居ないと、特別な、私に特化した介護ってのは出来ません。
で、そういう事情は、どの障害者の人もありますから、そこで市町村に行ってですね、入院時の派遣を認めて貰えるように交渉したり、あるいは病院側の人とお話をさせてもらったりとか、そういう形でやっていまして。まだ、いっぱい交渉の内容はありますけど。今やっている事はその入院時の派遣についてやっていまして。もちろん、認めてくれた自治体もありますし、今でもダメだっていう自治体もありますし。
そんな感じです。
で、もう一つ何でしたっけ?

宮原:
(不確定)症状の方は、どのような症状でいらっしゃいますか?

木村英子:
障害のですか?

宮原:
(不確定)はい。

木村英子:
先程、「首が折られたとか」、首は折れてないです。すいません。
症状はどんな状態。っていのうは、どういう。例えば、痛みとかですか?

宮原:
(不確定)どこの辺が動かない。この辺が動く。

木村英子:
あぁ。どこも動かないんですよね。
歩けもしませんし、足を伸ばすことも出来ませんし。
実は、選挙活動もしするとしたら、あたし、手の(不確定)後遺症があって、「どうやって手を振ったらいいんでしょうかね、太郎さん」って、聴いたんです。選挙の時にね。もし、あたしがするとしたら。でも、それも、ちょっと万歳三唱もたぶん出来ないだろうし。って、いう、そんな感じで、あんまり。どこも動きません。しゃべれるだけです。

宮原:
身体の痛みなどは?

木村英子:
そうですね。身体の痛みはやっぱり、ありますね。
やっぱり、動けないですから色んな所が固まってしまうので。寝てる時とか、夜は寝返りとはうてませんから。
やっぱり介護者が、常に、2時間おきとか、30分の時もあるんですけど。身体を動かして、体用(たいゆう)整えてもてったりしています。
はい。

山本太郎:
ありがとうございます。
他にございますか?
あ。ありがとうございます。いま、手を挙げて置いてください。そのまま。
ありがとうございます。

岩崎:
フライデーの記者の岩崎と申します。
勉強不足の面もあるんですけども、これまで投票というのは行けたのかというのと、お話しか出来ない。メモが書けないという事だったんですけども。
ご自分のお名前も書けないわけですよね。
今回、ご自分に投票は出来るのかという所をちょっとお尋ね出来ればと思います。

木村英子:
若い時は、字は書けましたけど、年々その、障害が重くなっているので、今、電動車椅子のコントロールボックスを動かすぐらいしか出来なくて。
選挙の時は、何でしたっけ?
選挙管理委員会の人に代筆をお願いしてですね。いつもはやっています。
はい。
よろしいですか?


山本太郎:
他、ございますか?
あ。では、どうぞ。あぁ、ちょっと(不確定)マイク貸して下さいね。


田中:
フリーランスの田中(不確定)ゲンサクと申します。
山本代表にお伺いします。木村さんと初めて出会われたのは何年前か、というのと、木村さんを擁立しようと考え始めたのはいつ頃からか、と。
最後に、沖縄の玉城デニー知事がですね、「一人も取り残さない政治」って言って県知事選を戦われました。
これは、今回木村さんを擁立したのは、それの進化形のように私は思えるのですが。
それは、どうでしょうか?

山本太郎:
ありかとうございます。
あれは何年だっただろうなぁ? 木村英子さんのお友達のグループといいますか、障害を持った方々のグループの中に出すね。私に直接、連絡をして下さった方がいるんですよ。その方は、御自身では発語なさらない。文字盤を通してとか、というような感じでやり取りをされる方で、おそらく代筆をされた方がいらっしゃって、お手紙を下さったんですね。
おそらくそれ、2013年、当選した後だったんですよ。
内容はどんな事だったかと言いますと。
「選挙の時に、力を貸して下さいって太郎さんは言っていました」と。
「私に力を貸して下さい」って皆さんに演説していました、と。
「私はあなたに力を貸しました。次はあなたが力を貸してくれる番です」ってメールが来て。
実際にそこからお会いしていくような形になっていったと思うんですよね。
おそらくそれが、先程木村さんの事が言われてたのが、私の講演会みたいな所でお会いしたのが最初だ、という事のようでしたけど。
ごめんなさい。私自身は最初に何時お会いしたのかって事は、ちょっと失念してしまってます。
何故ならば、その後にですね、厚生労働省との交渉であったりとかっていう「数」の方が多すぎて、初めの方を忘れてしまっている状況なんですよね。
でも、その中でも、例えばですけど。
あれは、委員会質疑ですね。委員会質疑を皆さんで傍聴にいらっしゃる。
っていう事をですね。少し。委員会が始まる、委員会が開催される一週間前ぐらいから、おそらく後見人制度か、もちろん、障害を持たれた方々にも関係をする後見人制度の審議を、委員会を、皆で実際に聴きたいんだってお話になって。
「どれくらいになりますかね、その数」って話をした時に。
「おそらく、車椅子が20台近く」みたいな話になって。
いや。それは無理だろうって思ったんですよ。まず、私は。
20台入れる部屋じゃないし。いつもやってる委員会審議の部屋ですね。
「いや。これ、もうちょっと台数なんとかならないですか?」
って話をしたら。
「そうじゃない」と。
私たちに関わる法律、法案。法律化されるものに対して、当事者がその場の審議っていう部分を聴くっていう時には、やはり、それは配慮が必要だ、と。
同じ部屋でやるのでは無くて、当事者達が入れるという部屋を交渉して貰いたいって事ですね。
そこで、私ちょっと「ハッ」としたんですよ。
何かっていうと、自分は完全にその永田町の普段の論理の中でしか物事を考えられてなかったって事ですよね。
その話を聞いた時に、「なるほど」と。「そりゃそうだ」と。
で、そこから交渉していって。もちろん、委員部であったりとか、これは与野党関係なく、先生方が動いて下さって。
普段やってない委員会。
普段の委員会やっている部屋ではない、そこの3倍ぐらい大きい部屋を用意して下さって、皆さん来て下さったっていう。
だから、この障害っていうものを抱えながらも、普通に――普通の人達と同じように生活が出来るという事を、身の回りのことから、政治の場にもウイングを広げながら運動をずっとなさってきた方っていう、考え。なんでしょうね。
私としては印象なんですよね。
で、いつ頃から木村さん、一緒にやりたいなぁと思ったのは、そういうことを色々勉強させて頂いた、まぁ、私の中では「先生」ですよね。
私の全く知らない――どっちかっていうと、失礼な言い方だけど「腫れ物に触るような感じ」ですよ。
だって、どう接したら良いか判らないんですものね。今まで接した事が無いからって事ですよ。
で。
先程のお話の中で、ビラを配ったりとかしながら、自分達でヘルパーを、大学生の方だったり心ある方に広げていきながら、確保してきたってお話しされてましたけど、その時のお話でも、まるで自分達を、まるでUFOが通ったかの様に観る、と。
どうしてかというと、日常的に見てないし、接してないからだって事ですね。
私も同じだったんですよ。
おそらく今日、記者会見で来て下さっている記者の多くの方々も、何から聴いていいかわかんないですよね、恐らく。
前々から予告されてれば、どういうリアクション、っていうか、何を聴こうかって事は設定出来るけど、いきなり登場してきて、この方に対して何を聴けばいいかって事に対して、やっぱりちょっと、最初、一歩踏み出すのって難しいですよね。
全ては、「別けられてきた事」が原因なんだって事を、私は、木村さんから教えて頂いて。
だから、もう。出会ってしばらくしてからですね。
そういう事を教えて頂いてから、「この人、国会に必要じゃないか」と思ったわけですよ。
もう、早い段階ですね。
だから、自分自身で旗揚げするって事を決めていない2年前ぐらいから、木村さんには、「有事には一緒にやって欲しい」
って事をお話ししてたんですけど、でも、
「有事って、全然そんな、まだまだ来ないんでしょ?」
って。
「あぁ、確かにそうですね」
っていうような。
だから、前もっては、「もし私が自分でやる時がある時には、木村さんにも是非出て頂きたい」っていう事はお話ししてたんです。はい。
で、その間、随分長い間時間が経って、今回。また、お話をさせて頂いた、と。
で。
玉城デニーさんが掲げられてた「誰も取り残さない」という部分に関しては、おそらく、デニーさんも同じ考えだと思います。
同じ考えの、その進化形というよりかは、同じ考えの下に「誰一人取り残さない」って事を実践していこうと。
私は“選挙”という部分も使いながら、たまたま、今回自分で旗揚げすることが出来ましたから、その中で、自分でやっていこうという事をやった、という話しです。
ありがとうございます。

他、ございますか?
あ。ありがとうございます。
じゃあ、ちょっとマイク下さい。
そのまま手を挙げておいて下さい。壁際です。

横田:
フリーの横田はじめですけども、安倍総理、安倍政権に対して障害を持つお立場として、「これは許せない」とか、おかしいと思っていることをお伺いしたいのが一点と、自民党の国会議員でも、障害・介護問題に取り組んでいる議員は居ると思うのですが、そういう方と今までどういうお話をされたのか。あるいはこういう国会議員に出てみないかというような話があったのかどうか、二点についてお伺いしたいのですが。

木村英子:
私ですよね。
安倍総理には、会ったことがないので――そうですね――安倍総理に会ってどうというよりは、今の福祉政策があまり良くないので――もし私が、仮に国会に出た時に、出たらですけど、国会の中をバリアフリーにして欲しいなって、思っています。
それくらいです。


横田:
自民党の国会議員の方(不確定)――聞き取れず――

木村英子:
自民党の方とは、地元で議員をされている方と、ご挨拶程度はしたことありますけども、特に深く話したことはありません。

横田:
(不確定)――聞き取れず――(ありがといございました?)

木村英子:
はい。

山本太郎:
ありかとうございます。
他、ございますか?
あれ、ちょっと待って下さいね。ありますか?
どうぞ。


?:
木村さんにまずひとつお伺いします。

木村英子:
はい。


?:
来年、オリンピックとパラリンピック、東京で行われるということで、東京の街、この国も変わりつつあるのかもわからないのですが、どういう風に変わってきているっていう風に、木村さんの目には映っているのでしょうか?
障害者の方々にとって、暮らしやすい街に変わってきているって実感はおありでしょうか?

木村英子:
そうですね。あまり無いですかね。変わってきたっていう。やっぱりあの、権利条約に批准したりとか――国がですね――差別解消法が出来たりっていうことで、公の場所で障害を持っている人達を理解しようっていう働きかけはあるので、そういう意味では表だって差別をするって事は少なくはなったかも知れませんけど、やっぱり現状はやっぱり外に出難いですし、ヘルパー制度にしても、通勤通学は認められていませんから、あくまでも家の中の介護ですかね、外出も多少は認められてますけど、やっぱり通勤通学は認められないって事は、社会参加は出来ないじゃないですか。
やっぱ、働くって事はどなたにとっても、当たり前のことですし。
それ以前にその、地域に出れないって現状がまだあるので、変わってきたとは思いますけれど、今から40年前とはちょと違いますが、それでもまだまだ、課題はあると思います。

?:
ありがとうございます。
山本代表にお伺いします。これまでの候補予定者の方、蓮池さん、昨日の安冨さん、今日の木村さん。それぞれその、例えば地域の現実であるとか、原発の問題、拉致の問題、生きづらさ、子供達が大事にされていない、今日は当事者抜きにして(不確定)。
すごく、私達が普段、眼をやっていない事に図らずもちょと踏み込んだ方々が登場して来られているような気がするんですけども、山本代表としては候補予定者を決めるに当たっては、候補予定者それぞれの「人」ってのがまずあったのか、さっき言ったような「問題」っていう事を代表が考えていく中で今回の人選に繋がったのか、両方かっていう気もするんですけども。
候補者の方々を決めるに当たって、代表の中でどういった想いが錯綜している中で決まっていったのかって事を改めてお伺い出来るでしょうか?

山本太郎:
ありかとうございます。
候補者を選ぶに当たって、100%同じということは無理だと思っています。
例えば、人によっては私のこの「令和新選組」という名前はどうなのか? と言われる方もいらっしゃいます。
全然問題ないんですよ。
「名前嫌いなまま、どうぞ一緒にやって下さい」
って話しですね。
私の掲げている8つの緊急政策に対して疑問を持っているって方がいらっしゃっても、全然問題ない。話し合っていきましょう。「私は、これが今、必要だと思っています」
っていうスタンスなんです。
例えば、安冨さんのこれまでやられてきた経済学っていう分野では、ひょっとしたら言い方は間違っているかもしれないけれど、“脱成長”という部分から、違う価値観。脱成長っていう感覚に囚われるかもしれないですよね。他の人から見たら。
要は「成長し続ける事なんて無理なんだ」「だから、違う価値観を持って人間の原則に戻るべきだ」って考え方がある。
これは今私が言っている経済政策とは、ちょと、衝突し得るものとも言えるかもしれないんですけども、でも、その経済学っていう部分では、私は安富さんっていう部分に関して、“経済学”っていうものを通して安冨さんにラブコールしている訳ではないんですよ。
ねぇ。
やっぱり、“生き辛さ”っていうものをずっと実感されて来て、それに対して分析をされて来て、それをどう変えて行くんだという部分に対して、私はこの人に成って貰いたい、って思った事ですね。
私は、自分の考えている経済政策ってものを推し進めるつもりですね。
で、そのように一つ一つ見ていけば違いもあるだろうって事です。
そのひととなりであったりとか、これまでやってこられた事だったりとか、今本当にこの国に必要な部分、って考えた時に、それぞれの当事者、という事になっていく、ってことですね。
おそらく、でも、そのひととなりと、その政策部分というか、当事者っていう部分に関して、たぶん、こう、離れることは無いと思うんですけどね。
当事者であり、そして、人となりに、こう、やっぱり、親近感を持ったりとか、っていう部分がセットにならないと、なかなか難しい部分なのかなとは思いますけど。
セットで、そういう気持ちになった、っていう(不確定)なんですかね。
先程、木村英子さんの方から、「40年前と今とは全然違うけれども、今も決して十分ではないんだ」というお話ですよね。要は、昔は施設に押し込められていた。もちろん、今も、当時同級生だったりとか、同じ施設で育った人達は今も施設に居続けるって方も居ますけど、40年前とは違って今は施設から地域にって動きも出て来ている、って事ですよね。
でも、地域に戻って来ているけれども、例えば先程言われた、「24時間で介助だったり介護を受けていらっしゃる方は通学出来ない、通勤も出来ない」じゃあ、外出出来る時って何だっていったら、「必要な物を買いに行く時ぐらい」。
何かって言ったら、人間の尊厳を守れるような生活じゃないんですよ。
施設から地域に戻っても、「閉じ込められたまんまだ」って事なんですよね。
バリアフリーって言いながら、バリアの中に居続けているのが私たちなんです。
っていうことを、数年前に聴いた時に本当にショックだったっていうか、「何も知らなかったんだな、自分は」っていう気持ちになったってことですね。
先程も言いましたけど、私にとってその、重度の障害を持たれた方、ってい所に道を開いて下さったのが木村さんですね。
私の先生です。
ぜひ、この方には国会に行って頂いて、「合理的配慮」と言いながら、「合理的配慮」の意味も理解せず、国会の中にもそれを全く進めない、っていうような今の政治に対して、やっぱり、「当事者」が必要だと。
もう、居るだけで良いと思います。私は。究極で言えば。
もちろん、先程言ったとおり、木村さんは理路整然と省庁とも対峙出来る方です。それを前に進めようという能力のある方ですけれども、究極を言えば、私は、「存在してくれるだけで」国会の中が、合理的配慮を進める。オリンピックのホスト国として。
「利用する時だけか?」って事なんですよ。
オリンピックだ、パラリンピックだっていう事をやる時だけ、表っ側だけはやるけれども、実際は「そうじゃないだろ」って事ですね。
っていう想いを持っていたんですけど、先日、木村さんに、何度か話し合いをした時に、「でも、私が出馬することによって、太郎さん叩かれないんですか?」
って事を聴かれたんですね。
で、私「えぇ、どういう事ですか?」って事を聴いたら、
「障害者を利用して」って事を言われたりしないですか?
っていうことを仰ったんですよね。
私からしたら、「上等です」って話しなんですよ。
障害者を利用して、障害者施策を変えていけるっていったら、それ以外無いだろうって事なんですよね。
すごくハードルの高いことですよ。選挙に挑戦するって事は。
でも、そこに勇気を持って一歩を踏み出して頂いたっていう、この勇気、絶対に無駄にしないようにやっていきたいなぁ、っていうのはあります。

他ございますか?
大丈夫ですか?
何か言い残された事だったり、付け加えたい事あれば――


木村英子:
大丈夫です。


山本太郎:
大丈夫ですか。
というわけで、ありがとうございました。


――これ以降は事務的な会話が続き、報道機関による撮影に移行――

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Posted bysusa

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