FC2ブログ

神憑りのお話ーー59

susa

神憑りのお話ーー59

無脳児
原爆によって被爆した女性が出産した無脳児 進 撃の巨人という作品が、実世界における日本という国家の軌跡をモデルに描写しているのであれば、その物語が何処へ向かって突き進んでいるのか、という点 は、当然ながら、読者にとっての最大の関心事であろう。あの、巨人たちは一体何なのか? 作品の中で語られることが、あるのか無いのか、現時点において は、作者のみが知るところであるが、ただ一点。「原爆被害者」と「巨人」の外観的特徴は非常に似ている。

巨人
巨人 数多登場する巨人達の中でも、そうとうメジャーになった巨人の一体。調査兵団のミケという隊員が死亡する際に、彼を捉え、そのまま食べようとして、司令者である獣の巨人に頭部を潰された。だけど、巨人なのですぐに修復された。巨人たちの持つ身体修復能力は、「強力」などという言葉では収まりきれない、ある種の超常現象である。強い放射線を当てると、細胞内のDNAが破壊され、個々の細胞は、以後、DNAによるタンパク質の合成や細胞分裂に支障をきたして、死んでゆくが、巨人の場合は個々の細胞が絶対的な力で再生を遂げて生命活動が再開されている。まるで、「放射線障害の真逆」をみせられているような印象を受ける。

 進撃の巨人の世界が、魔法が支配するファンタジーの世界ではなく、現実世界に近い、まっとうな科学が存在する世界であるのなら。
 そして、描き出す物語が現実世界の歴史に即しているのなら。
 原子爆弾の投下に相当する事件が、描かれないわけがありません。
 あれは、単に日本とアメリカという二国間問題などではなく、世界史の流れを変えた一大事件でした。
 そして。
「原子力」と「巨人の力」との間には、何がしかの因果関係があるのではないかと思われます。

 核分裂、及び、核融合は、物質に中性子をぶつけることで、元素の組成を変えてしまう現象です。その際、「化学反応を支配する絶対的な法則=質量保存の法則」を超越した、質量の現象が起こり、その失われた質量が、そのまま熱に変わります。
 この原子力の魔法を説明する際に、しばしば「スプーン一杯分の鉄は、ドラム缶数千個分のガソリンと同じエネルギーを有している」というような表現がなされたりします。
 進撃の巨人でも、巨人周辺ではこれに類する魔法が起こっています。
 ですから私は、進撃の巨人の物語は、「原子爆弾」的なイベントに向かって突き進んでいるのではないかと考えます。そして、そこには巨人の秘密が密接に絡んでいるのではないかと考えます。
 もちろん、作品中には「地ならし」以上のものが登場せず、なぜ巨人が生まれたのか、という点についても、まったく説明されないまま、作品が終わる可能性もあります。そのあたりは、作者のセンス次第です。
 これは犯罪や政治の世界の話しではないので、作者に説明責任はないのですから。

 ですが、眼には見えない放射線によって、胎児に深刻な奇形が生じたり、自らの肉体が理不尽に破壊されてゆくという現象と、眼には見えない空間から巨人の肉体が作られ、理不尽に再生され、永遠に死なないという現象は、まるで合せ鏡のようだと感じます。

 世界は、「巨人の秘密」を探るべく、様々な研究をしてきたことでしょう。しかし、その秘密を解き明かすのは、もしかしたら、技術力の進んだ島外ではなく、パラディ島の人々であるのかもしれません。
「巨人化現象」は、パラディ島からしか算出されない希少な物質と関係があるのかも知れないし、「始祖の巨人」の力が謎を解くカギになるのかも知れない。そのあたりは、完全な推測にしかなりませんが、進撃の巨人の世界を理解してゆく上で、決して無駄では無いでしょう。
 更に言うと、もしかしたら、世界に先駆けてパラディ島が、巨人に関する革命的な技術を開発してしまう可能性がありえます。

 まぁ、作品中に「地ならし」という最終兵器がすでに示されているので、巨人の秘密云々には全く言及がなされず、巨人という存在の秘密は秘密のまま、「地ならし」という最終兵器を軸として、物語が展開してゆく可能性も大きいのですが。

「原子爆弾(核戦争)」も「地ならし」も、人類文明を根底から破壊し尽くしてしまうという点では、本質的に同じです。いえ。寿命がなく、外的要因でも致命傷を負う可能性が極めて小さい、大型巨人による大行進は、長期にわたって放射線の影響がとどまり、生態系を根底から破壊してしまう「核」にまさるとも劣らない、「汚染」として長期にわたって影響を及ぼし続けるのでしょう。

 いずれにせよ、現実世界では第二次世界大戦で原子爆弾が実際に使用されたことで、「戦争」の意味が変化しました。
 核保有国同士の戦争は、「世界の終わり」と同義語になり、以後、核保有国同士の直接的な戦争は、行われてはいません。
(核を持たない小国同士の戦争に、核保有国が参加する代理戦争はたびたび起こった)

 世界は、核による抑止力によって、真の平和では無いかも知れませんが、それでも、安定を手に入れました。
 エレン・イエーガーとジーク・イエーガーという兄弟が目指しているものも、どうやら、この種の「軍事力による均衡」のようです。

 とはいえ、世界がパラディ島に対する侵攻で合意している以上、パラディ島上での「本土決戦」は、現時点では回避不能に思われます。
 そして、一度戦端が切られてしまったら、「パラディ島の降伏」か、「連合軍の敗北(撤退)」、もしくは、「最終兵器」の威力を示した上での「抑止力の確立」しか無いと思われます。

 日常と化した単純な弾圧や殺し合いは、それを覆す事件が生じるまでは、際限なく続いてゆきます。
 例えば、中東地域では「戦争状態」が日常化してしまっています。
 レジュームが、変化していないためです。
 制圧しているのは基本的にアメリカ(「国連」という名目の、実質的アメリカ軍)で、アメリカの「中東地域の石油資源を確保し続けることこそが、アメリカの国益に叶う」という理屈は、一貫して変わっていません。
 アメリカが中東を支配しているのは、現代文明の拠り所である「石油」を他国に管理させたくないからです。
 中東の人々の理屈も、一貫しています。
「祖国を取り戻す」「アメリカに家族を奪われた。だから、その復讐をする」です。

 お互いが、互いに妥協を受け入れないため、力による相手の排除が行われるのです。
 ですが、お互いの「理屈」に変化が生じれば、自ずと状況は変化します。
 例えば、核融合が実現化されてエネルギー問題が解決し、さらにそのエネルギーで地球上に大量に存在する「水」を酸素と水素に分離するコスト、更にそこに炭素を加えた炭化水素化合物、事実上無視できるラインに到達してしまうと、中東の石油は、その存在意義を失います。
 そうすれば、アメリカが中東に固執する理由は、ほぼなくなります(イスラエル問題があるので、完全にはなくなるわけではないでしょうが)。
 また、 オイル・マネーが衰えた時、中東諸国の国内事情も大きく変質するでしょう。(気に喰わない奴には石油は売らない、という)自分達の論理を、闇雲に振りかざすことはできなくなります。
 油田の所有者である王族の力は衰え、相対的に、技術力をもった知識 階級の力が増大するでしょう。当然、海外からも知識や技術が流れ込んでくるわけで、先端技術の多くを有するアメリカに対して、親和的な人々の発言力が強く なってゆくでしょう。
 また、アメリカ側においても、石油メジャーの力が弱まるとともに、石油メジャーの行ってきたことを断罪する声が上がるでしょう。
 そのようにして、それまでの「理屈」が覆った時、状況は新たな局面を迎えることとなります。
 逆を言えば、「現在の理屈」がまかり通る間は、状況に大きな変化はなかなか生じないのです。

  現在、作品中のエレン・イエーガー(及びジーク・イエーガー)は、「地ならし」という最終兵器を実証させることを目的に行動しており、マーレに対して憎しみを抱く人々、自らの独立、存続を勝ち取りたいとする者達が、この行動を支援しています。
 ですから、パラディ島勢力と、連合国との間で衝突が起こった際には、パラディ島側は「人種平等」「人権の確立」「奴隷の禁止」を掲げ、これを錦の御旗として戦うのではないかと思います。
 まさに、「八紘一宇」です。
 かつて日本軍も、(途中から)人種平等や奴隷差別撤廃を主張して、戦争を遂行しました。そして、この日本の主張に賛同する人々は、けっして少い数ではありませんでした。
 第二次世界大戦の後、世界各地で「独立運動」が盛んになった背景には、たしかに、日本の八紘一宇が関係しています。
(私は別に、植民地が独立したのは、100%日本の手柄だ、などと言っているわけではありません。日本が与えた影響は、5%かもしれないし、1%かもしれません。ただ、ゼロではなかったのは、紛れもない事実です)

 進撃の巨人があくまでも、世界史を参考として紡がれるのであれば、マーレは、最終的には植民地を全て手放すことになるのだと思うのですが、作品の中で、それを描かれるかどうかは、判りません。
 また、作者がこのあたりから、全く独自の方向に舵を切る可能性もあります。
 パラディ島が制圧され、生き残ったエルディア人が巨人の力を行使して、レジスタンス的な活動を続けるーーという展開だって、もちろん、ありうるわけです。全ては、作者のさじ加減です。

 ですが、現実問題として、政治的な駆け引きを除けば、
今後しばらくは、パラディ島が舞台となり、戦いもパラディ島に限定されると思われます。
 パラディ島には、テロ以上の規模の作戦を島外で遂行する兵站能力を持たないからです。
 政治交渉のために数人が島を離れることは可能かも知れませんが、百人、千人、万人を島外へ輸送することも、輸送した人々に物資を供給し続けることも、パラディ島には不可能です。
 ですから、戦争の舞台はパラディ島に限定されるでしょう。
 前回も書きましたが、「開戦早々本土決戦」です。

 おまけ?

進撃の巨人「クソ野郎の顔(リヴァイ)」
エレンに対して失望の言葉を投げかけるリヴァイ リヴァイの言葉の中にある「地下街で腐るほど見てきたクソ野郎」 とは、具体的にどういう存在を指すのだろう? 私の推測では、「他人に理不尽を押し付ける者」。暴力で奪ってゆくもの。自分の中のわだかまりを発散するた め、理不尽を撒き散らす者。エレンがマレーで行った行為は、確かに「理不尽」以外の何物でもなかった。かつて、誰よりも巨人という名の理不尽を憎くみ、巨人=理不尽をこの世から駆逐すると誓ったはずのエレンが、自分の都合で人々から簡単に命を奪う、『理不尽』そのものに成り果ててしまった。リヴァイは、それを嘆いているのだと思う。

 エレン&ジークが目指しているものは、「抑止力」の確立です。
「抑止力」を実現するためには、始祖の巨人と、王家の血を引く巨人が不可欠で、エレンは「王家の血」の為に、ジークを回収する作戦を独断で決行。パラディ島はそれに巻き込まれ、半ば強制的にエレンの作戦に参加させられた形です。

 その際、少なからぬ犠牲者が出ました。
 また、和平交渉の余地がなくなりました。

 エレンの心の内側に、どのような決意があったにせよ、傍から見ればエレンのやっていることは身勝手で、デタラメです。物事の手順を、完全に無視しています。

 ですが。

 エレンにそれを教えたのは、他でもない、リヴァイその人です。
「女型の巨人」の頃の展開を思い出してください。

 エルヴィン隊長は、信頼できるごくひと握りだけに作戦を伝え、ほとんどの隊員には、何も知らせずに、エレンという餌をぶら下げる形で壁外調査を開始しました。
 エルヴィン隊長の読み通り、女型の巨人が現れました。
 そして、「女型の巨人が人間の知能を持った特殊な巨人」であるという可能性を全く考慮していなかった隊員たちが、次々に殺されてゆきました。
 あの時、エレンはあまりの理不尽さに激昂し、自分の意志と力で女型の巨人に立ち向かう事をしなかった自分を責めました。
 そして、アルミンはこのことを、エルヴィン隊長が正しいと評価しました。
 確かに、情報を共有していれば、多くの命が助かったのかも知れない。
 けれど。
 情報を漏らした結果、作戦そのものが失敗してしまうかも知れない。
「エルヴィン隊長は、人類全体を生かすために、仲間の命を切り捨てた」それが、アルミンの評価でした。

 現在、エレンはまさに、「全体を生かすために、仲間の命を切り捨てる」という道を歩んでいるようです。
 誰からも理解されない、孤独な道です。
「サシャの死」に触れて、笑うエレン
サシャの死に際の言葉を聴いて、力なく笑うエレン 女型の巨人と戦った時、エルヴィンの考えを強く否定したエレン。そして、エレン以外の隊員は、エルヴィンを支持した。しかし、立場が真逆になった時、同期や先輩隊員の中に、エレンの考えを理解し、支持する者はいなかった。エレンとしては、「あの時、エルヴィン隊長の気持ちもこんな風だったのか……」 と、思ったら、こんな笑いが漏れてしまうのも、仕方ないわな。寂しいけれど、これが、この作品の作者がたどり着いた「少年から大人になる」の、ひとつのモデルなんだろうな。

 余命も少なく、理解者も少なく。
 孤高の存在として、自分の信じる道を歩んでいるエレン。
 そのノリは、完全に仮面ライダーとかキャシャーンのような、「人知れず戦う孤独な戦士」。

 調査兵団の誰もが、心の何処かで「自分達は自由を勝ち取った」と考えていた。
 ただ一人、エレン・イエーガーだけは、「自由を勝ち取る為の戦争」を続けていた。
 それが、お互いの現状に対する認識を全く変えてしまった。

 そのあたりに、どれだけの人が気がつくことが出来るんだろう?

「進撃の巨人」に関連した話は、ひとまず終わりにします。

つづく

スポンサーリンク

Posted bysusa

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply