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いきもの憑りのお話ーー32

susa

いきもの憑りのお話ーー32
ウクライナ軍・女性兵士-s         
銃を構えるウクライナの女性兵士 かつて、戦場で女性といえば、兵士の看病をする白地に赤い十文字を付けた野戦看護婦ぐらいなものと相場が決まっていて、その存在の特異性から「白衣の天使」などと称されていたわけだが、今は男女悪平等の精神が遺憾なく発揮されてしまった結果、女性も最前線で戦うことを前提に、部隊に配置されるようになってきている。このような現象が起こってしまった背景にあるものは、輸送手段の発達によって、兵士が重い荷物を背負って長距離を徒歩で移動したり、重い甲冑を身体に纏う必要が無くなり、体力的な男女差が表面化しにくくなった為である。というか、撃鉄をお越し引き金を引くだけならば、小さな子供でも可能である。そして、遠くの的に狙いを定めて正確に標的を射抜くという能力に関しては、むしろ、女性の方が適正があるとさえ言われている。だが。あくまでも、私一個人の願望であり、わがままであることを承知で書くが、女性はあくまでも命を産む側にとどまり続け、命を奪う側には回ってもらいたくない。

 この記事は、しいて言えば、《いきもの憑りのお話ーー29》あたりからの続きです。

 女性が
「部隊」という単位で本格的に兵士として戦場に赴くようになったのは、第二次世界大戦からである。有名なところだと、ソ連軍の狙撃部隊や女性パイロットだが、日本ではおお馬鹿野郎達が、本土決戦を前提として、女性たちに竹槍を持たせて銃火器で武装した連中に突撃させ訓練を施していた。日本軍がやっていたことは、もはや、戦争でも何でも無い。目的が、完全に「降伏を一日でも先延ばしすること」になっていた。幕末期、幕府軍と薩長連合軍の戦いの行方を大きく左右したのは、銃の世代の僅かな差であった。それを観を持って体験した者達の末裔が、こともあろうに最新鋭の重機に竹槍で突撃させることとは、完全に、日本軍の上層部が狂っていたことの証拠です。勝てるわけ無いだろ、竹槍で。そして、この狂病は、残念なことに今も治癒しておりません。政治家が、嘘を平気で垂れ流し、責任を全く取ろうとしない、所謂「大本営体質」なまま今日に至っていることは、安倍政権のぐだぐだを見れば、誰の目にも明らかなはずで、分別のない幼い子供にライターや刃物をもたせるのが危険なのと同じように、道徳観念の歪んだ人間に、軍事力を握らせたら悲劇しか起こらないんですが。
 なんで、そんな簡単なことがわからないんですかね?
 軍事力を、特効薬か何かと勘違いしてるんですかね?

 薬品に例えるなら、「取り扱い厳重注意」の劇薬なんですけどね。
 お酒は、「二十歳」になってから。
 軍隊は、「大人の国」になってから。


 さて。
 恒例となった政治批判はこのくらいにして。

 第二次世界大戦以前にも、戦場に女性の姿がなかったわけではありません。
 最も有名な女性はジャンヌ・ダルクでしょう。神の啓示を受けた事をシャルル七世祖国フランスに告げ、兵を与えられた少女は、それを率いて奮戦し、見事にイングランドとの百年戦争の行方を決定づけ、祖国フランスに勝利をもたらしました。ですが、それだけで物語は終わりませんでした。ジャンヌ・ダルクの物語は、戦場で捉えられ、イングランドへ送られて、かの地で火計に処せられて、短い生涯を閉じることとなってしまったことで完成しました。

 神に選ばれた無垢な少女が、果敢に戦い、祖国を救い、異国でその命を、神に捧げられる形で死んでゆく。

 あまりにも運命的すぎて、その儚さ、健気さが、人々の胸を強く打つため、我々は今もなお、彼女の存在を忘れ去ることが出来ず、戦う女性の代名詞として、時折、その名前を口にしてしまうのです。

 女性が男性以上の兵士になり得ることを広く世界に知らしめたのは、先述のソ連軍の女性たちでしょう。
 特に狙撃兵として参戦したリュドミラ・パヴリチェンコは、ドイツ軍が突入してきた市街地における戦闘において、300名を超えるドイツ兵を殺傷したことで知られています。最前線で戦った、僅か1年足らずの間に、それだけの戦果を上げた彼女は、またたく間に両軍にその名を轟かせ、ドイツ軍兵士から「死神」と恐れられる存在となりました。ほとんど、機動戦士・ガンダムの主人公、アムロ・レイのノリです。

リュドミラ・パヴリチェンコ
リュドミラ・パヴリチェンコ ソ連軍の女性兵士。狙撃手。彼女の名を耳にするだけで、ドイツ軍兵士が震え上がったという、伝説の女性。1941年の独ソ戦開戦の直後から参戦しており、彼女のような狙撃手の戦術的使命は、押し寄せるドイツ兵を狙撃することで、その進軍速度を低下させることであったが、パヴリチェンコは卓越した戦闘センスを遺憾なく発揮し、次々に死体の山を築き上げていった。1942年。ドイツ軍が攻略目標としたセヴァストポリ要塞の中に、彼女はいた。そして、負傷を負い、彼女の最前線での戦いは、この時をもって終了となった(この戦いで、ドイツ軍はセヴァストポリ要塞を占領した)。といのも、彼女の損失によって軍全体の士気が低下することを嫌ったソ連首脳陣が、最前線で戦うことに、二度と許さなかったためである。つまり、300人以上の殺害という虚位的なスコアは、僅か1年足らずの間に達成されたのだ。やはり、どう考えても、アムロ・レイ。もしくは死ななかったララァ・スンである。

 銃は、火薬を応用した兵器の一つとして、13世紀頃の中国で考案されたと言われています。
 その兵器は不格好でやや間が抜けていて、イメージとしては、ロケット花火を筒の中に入れたようなものに過ぎず、導火線によって点火するため発射させるまでに一定の時間が必要で、威力もたいした程ではなく、飛距離も短く、もちろん、命中精度は劣悪で、あまつさえ、暴発の危険も存在していました。
 そんな欠陥だらけの危険なおもちゃが、それでも戦場で用いられたのは、着弾時に相手側に与える心理的な衝撃、特に馬に与える影響が大きかったからだと思われます。殺傷能力が低くとも、「相手に麻痺させる」効果は大いに期待できたのです。

 この奇妙な兵器がヨーロッパに伝わり、やがて火薬の爆発力で鉛の玉を吹き飛ばす方式に改められ、点火も火縄式に改良され、さらに、発射のタイミングは引き金を引くこと選択出来る、「銃」の原型に進化を遂げてしまいます。
 兵器としては、弓矢とほぼ同じポジションに収まりましたが、弓の飛距離が腕力に大きく左右され、軌道も放物線を描くのに対して、銃はある程度真っ直ぐに飛び、腕力も関係もないと、特性が異なります。
 特筆すべき点は、銃は弓に比べ、熟達までの期間が短くて済む事でした。極端な話、昨日まで戦いを全く経験したことのない人間でさえ、半日程度、簡単な銃の基本的な扱い方を教えれば、敵の歴戦の勇士を葬り去る力を秘めた「戦力」に化けたのです。

 日本の種子島に伝来した火縄銃は、この「原型銃」が順当に発展した、正当な後継者でした。その特性をいち早く見ぬいた織田信長は、この「銃」を精力的に収集、増産し、自軍の戦力の中核としました。そして、集団運用によって、その戦闘効率を最大限に発揮させ、当時の各国のパワーバランスを覆すことに成功した信長は、戦国の世の覇者への道を一気に掛け登り始めました。
 もちろん、それ以外の武将達にとっても、この新兵器「銃」は戦場で必須のものとなり、日本各地で火縄銃が生産されるようになりました。


火縄銃
火縄銃を使用した祭り行事 戦国時代の日本にもたらされた「火縄銃」は、日本の鍛冶師達によって国産化され、またたく間に戦場の標準的な装備となった。弓矢は、狙った点に放物線を描いて飛んでゆくため、割と容易く回避ができるが、銃弾はほぼ直線に飛び、速度も早いため、回避が困難であった。また、弓矢で的を射抜くためには、相当な訓練とセンスが必要であったが、銃はそれに比べると、遥かに容易であった。このため、それまでの城跡であった「騎馬兵や数を頼みとした足軽のによる敵陣突破」が困難となり、様々な所で、それまでの戦術の常識が通用しなくなってしまった。

『火縄式の銃』は、やがて、『薬莢』、『銃弾形状の最適化』、『銃身に溝を刻む』『無煙火薬』という4つの革新的な改良を経て、『現代式銃』へと昇華されました。ところが、戦乱の収まった江戸時代の日本は、そんな西欧社会における銃の急激な進化の流れからしばらくの間取り残されます。そして、幕末期、西欧諸国に軍事的に対抗するため、遅れを取り戻すべく、当時最新式であった兵器を競うように輸入しました。ですが皮肉にも、それらの銃は、日本の独立を守るためではなく、幕府軍と維新軍という日本人同士の戦いで猛威を振うこととなりました。

村田銃
二十二式連発村田銃 「村田銃」は、幕府軍から引き継いだフランス製シャスポー銃を近代化改修する過程で得られたノウハウを元に、改良シャスポー銃の模倣モデルとして誕生した、その時点での世界水準に到達していたが、銃の進化はその後も急速に進み、村田銃にも独自の改良が加えられていった。写真は二十二式村田銃で、当時としては革新的な技術を意欲的にした、連発式の銃である。ただし、実戦で使用するには難が多く、制式採用はされたものの、失敗作という評価が与えられた。

三十式歩兵銃
三十式連発有坂銃 「村田銃」を引き継ぐ形で、明治三十年に制式採用された国産銃で、性能は当時の世界水準を超えた傑作であった。この銃は、第一次世界大戦中、自国での武器調達だけでは追いつかなかった幾つかの国に、かなり大規模に輸出もされており、海外では「アリカサ・ライフル」と呼ばれている。現在でも、狩猟銃として一部使用されている、現役銃である。

 銃は、更なる殺傷力の強化を求めて、とてつもない方向へ進化を遂げます。連射に特化した「ガトリング銃」です。
ガトリング砲
ガトリング銃(ガトリング砲) 複数の銃身を回転させることによって、絶え間なく弾丸を発射し続けることを可能とした兵器。その性質上、進撃用途には不向きであったが、陣地を構築しての防衛戦の際は、無類の強さを発揮した。なお、銃身が複数あるのは、冷却効率を高めるためである。冶金工学が進歩を遂げるまで、単身式の機関銃は排熱が不十分で、あっというまに銃身が熱を持ち、射撃不可能となった。現在、ガトリング砲は航空機や艦船に搭載された大型のものが存在するが、歩兵が使用するものに関しては、単身式の機関銃が一般的となった。

 個人が携帯する銃の正統進化の行方は、というと、第二次世界大戦後に登場した、AK-47(通称カラシニコフ)を、ひとつの完成型と捉えることが出来るでしょう。

 AK-47は、ソビエト連邦によって採用された、革命的な銃でした。
 カラシニコフの何が革新的であったかというと、それは形状や機能のことではありません。「信頼性」です。
 おおよそ、地球上の殆どの場所で、AK-47は確実に作動しました。多少の泥を噛んだぐらいでは、びくともしないのです。この特性は、特にジャングルを主戦場としたベトナム戦争において顕著に発揮されました。
米兵の中からは、わざわざ支給品のM16を捨てて鹵獲品のAK-47に持ち変える者が出現するほどでした。銃にとって最も大切なことは、命中精度でも連射性でもかったのです。
 これは、「キーを回せば確実にエンジンがかかり、整備をしなくても全く故障がしない」ということで日本製自動車が世界を席巻したのと、全く同じ構図でした。自動車に真に必要なものは、排気量でも空間スペースでもボディーの頑丈さでもなく、キーを回せば確実に走行してくれる、ということだったのです。銃も全く同じでした。引き金を引いたら、確実に弾丸が発射される。それが、銃にとって最も大切なことだったのです。どんな高性能であっても、いざという時に使用不可能では、全く意味をなさないのです。フェアプレイ精神を求められるスポーツと異なり、こちらに隙を見つけた敵は必ず、その間に攻撃しかけてくる(もしくは逃走する)のです。必要なタイミングで銃弾が発射されないということは、殆ど「死」と同じ意味を持ちました。ですから、米兵の中から、わざわざ敵が生産している武器であるAK-47に持ち替えるものが現れたのです。


カラシニコフ(AK-47)
AK-47(通称カラシニコフ) 第二次世界大戦後に登場した、銃のひとつの完成形。非常に信頼性が高く、構造が簡素で、世界中でライセンス生産、あるいはコピー銃が生産された。こ の銃の逸話としては、設計者、ミハイル・カラシニコフは、銃を専門機関などで学んだわけではなく、独学で知識を得たため、設計図がまともに描けなかった、 という点であろうか。(製図は、後に婦人となる女性技師エカテリーナの手によって行われた)。殺伐とした世界の中で、少しばかり、微笑ましい出来事であ る。なお、ソビエト本国、あるいはその同盟国で行われたAK-47の生産は、10年ほどで完了し、改良型のAKMに移行した。しかし、AKー47はその後も海外でコピー品が数多く生産され、現在も供給され続けられている。


 以後、この簡素で信頼性が際立って高いAK-47は、ライセンス生産やコピー銃を含め、世界の様々な所で生産され、世界で最も多く生産された銃となりました。
 多くの銃メーカーを要する世界最大の銃大国アメリカにおいても、AK-47には常に一定の需要が存在しており、銃規制の強化などで海外からの銃輸入に規制をかける際には、駆け込み需要でアメリカ国内のAK-47の在庫が無くなったこともありました。
 AK-47がその地位を不動のものとした後、銃の世界では大きな潮流がなかなか起こりませんでした。もちろん、新素材の採用や、コンピューターによる高度な設計、新しい概念をAK-47/AKMを凌駕する「未来型」銃はその後も度々登場していますし、その中には一定の成功を収めた銃も存在します。
 ですが、「銃」の進化は、AK-47の時点で兵器として求められるおおよその要件を既に満たしてしまっており、どれだけ新型の銃の方が優れているといっても、部品の調達コスト等を加味すると、新型銃が勢力を劇的に拡大するのは難しい状況なのです。
 また、現在開発が活発なのは「グレネード弾」を発射するグレネード銃の開発のように思われます。こちらは、ハイテク化された様々なタイプが登場しています。戦場で求められているものが、変化しているのかもしれません。

 個人が携行する、所謂「銃」は、あるいは、実用的な大出力のレーザー銃が登場するまで、極端には変わらないのかもしれません。

レーザー銃
ZKZM-500 さきごろ中国が開発したとアナウンスしたレーザー銃で、発表では800メートル先の標的を殺傷する力があるとされたが、海外の専門家は、諸元性能から、今のところ「ハッタリだろう」という評価を下している。人を殺傷できるだけの高出力のレーザーを、この重量、このサイズに治めることは、まだ術的に不可能だと、専門家たちは判断している。レーザー兵器で実用化されるのは、まずは飛行機や車輌に搭載される大型のものからで、そこからの技術的なスピンオフによって、携行型が登場すると考えられている。


 と。
 素人ニワカが長々と書いてきましたが。
 何を言いたいか、お解りですよね?


フルメタルジャケット弾-s
フルメタルジャケット弾 通常、薬莢の中は鉛の球がつめられているが、フルメタルジャケット弾はそれでは貫通力が乏しいため、芯に硬度の高い鋼鉄などを配置した。これによって、貫通力が飛躍的に増し、鉄板なども容易に貫通出来るようになった。なお、鉛を使用するのは、発車時に鉛が変形し、銃身内部に張り付くように膨張して、銃身内部の溝に捉えられ、これによって弾丸に横回転が加えられ、弾道が安定し、命中精度が高まり、弾丸の初速と飛距離も伸びるからである。

 銃と人(十と一)の組み合わせからは、弾丸(十一)、あるいは弾(〇)が飛び出すもので、引き金を引けば、その銃弾に仕込まれた鉛の球(〇)が飛んでゆくという、なにそれ怖いの2段構造……

 まぁ、そういうことなんですよ。

 銃マニアの方には、「それは事実と違う」とか、不快に感じた箇所もあったかもしれませんが、別にミリタリーの話題で広げてゆくつもりのない、素人の単発ネタなので、おおらかな気持ちで、笑って許してやってください。

 つづく

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Posted bysusa

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