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神憑りのお話ーー44

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神憑りのお話ーー44

霊界物語(6巻)s            
霊界物語 (著者=出口王仁三郎) 大本教の経典とも言える、出口ナオが書いた予言書=大本神論が当局によって発光禁止に追い込まれたため、これに変わるものとして王仁三郎が急遽執筆したのが、霊界物語である。主人公はスサノオで、スサノオが艮の金神=大国常立を復活させるというのが、その物語の趣旨であるーーらしい。読んだことがないので、わたしは知らん。
けど、このブログは「黄泉路秘話(四三二一〇)」だし、メインはスサノオだし、たぶん、王仁三郎が書こうとしていた物語がどういうものだったのか、艮金神の正体とは何者なのか、判る気はする。


 この記事は この記事は《神憑りのお話ーー43》の続きです。

 戦前の《宗教界》を取り巻く環境は、現在からは想像出来ないような「もの凄い」状況だったようです。
 その根本的な原因は、当時の日本の宗教界にあって、一大勢力であった新興宗教団体《大本教》の方針が、大日本帝国の方針と全くソリが合わないところにありました。

 大日本帝国は、日本国は神の国であり、神代の時代から一貫して、アマテラス大御神直系の皇室によって治められている。この威光を、日本のみならず(西洋社会に支配されている)亜細亜全域に拡大するのが、神国としての責務である。
 というような主張を唱えていました。

 大本教は、教祖の出口王仁三郎がスサノオの化身(豊雲野尊-女神)、開祖と定めた出口ナオがアマテラスの化身(国常立尊-男神)と定義しており、大本が世界を一つに纏めるカギのような存在と位置づけていたので、そもそも、ソリを合わせられる筈がないのです。
 そして、王仁三郎を【変成女子=男性の肉体に女性神を宿した者】、ナオを【変成男子=男性の肉体に女性神を宿した者】と定めていました。

 神事というのは、「人前で行ってナンボ」という側面があります。
 火を焚いて、大衆の前で踊ったり祈ったり、生け贄を捧げたり、といった行為です。

 しかし、当時の「皇室の天皇」は、秘密のベールの向こう側に潜んだ、謎の存在です。
 これでは、「神」を必要とする人々の全てを掬い上げることが出来ません。

 これに対して、大本教のナオや王仁三郎は、口寄せを行ったり預言をしたり、人々の前で神憑って見せたりと、「天皇」が掬う事の出来ない人々を掬うことが出来ました。

 両者は完全に、水と油――というか、この場合、《太陽と月》や《火と水》に例えるべきでしょう――でした。

 大本教は、「神々による三千世界の大洗濯」の後、「世界は一つに纏まる(正確には、いくつかのブロックに別れて安定する)」という世界観を持っているので、大日本帝国のように軍備を重要視する必要もありませんし、本当に、何から何まで、両者は「相容れない」関係だったわけです。

 その為、政府は大本を共産主義者と同列に扱い、大本の幹部達の中には、しばしば特高によって拷問さながらの取り調べを受ける者が出て、ソレによって命を落とした者も存在しました。

 この大本教は、現在では「直系」の団体こそ目立たない、極めて小さな団体になってしまっていますが、大本教の流れを汲むと言われている宗教団体は非常に多く、【生長の家】【世界救世教】【神道天行居】【心霊主義】【スピリチュアル】【三五教】【真光】【ワールドメイト】【白光真宏会】【幸福の科学】【GLA】と、有名どころから耳になじみのないものまで、大量に存在しています。
(私は詳しくはないんだけど、ネットで検索したら、こんなに出てきた)

 で。
 これから私がお話しすることは、「そういう宗教団体」とは、一切関わりがありません。
(私は、大本教を含め、その手のものと一切関わりがありません)

 そして、これまで幾度も名前を挙げてきましたが、「日月神示」というものがあります。

 日月神示は、大本教の信者であった岡本天明氏が、第二次世界大戦の末期から昭和の中期に、神懸かりを受けた状態で書いた「神の筆」といわれるもので、もともとは、数字と記号の羅列だったと言われています。
 当初は、これを書いた岡本氏さえ、これがなんなのか一向に理解出来ず、書き上げられたものは、部屋の隅に放置されていたそうです。
 それを、仲間の誰かが「これは神の筆だぞ!!」と気が付いて、数名の仲間と共に解読をはじめ、誰でも日本語として読める形に置きかえたものが、「日月神示」として広まっているモノです。

 内容的にも、大本の流れを汲むとしか思えないモノなのですが、大本教はこれを否定しています。
(これに大本の公認を与えてしまうと、必然的に大本教の組織内の権力図が一変してしまうので、大人の事情によって、大本が日月神示を大本の系譜として認めることは難しいでしょう)

 で。
 判ると思いますが、私は、この「日月神示」の影響は、多分に受けています。
 正しいと思うとか、間違っていると思うとか、主張に共感するとか反発するとかいう次元ではなく、「自分の身の回りで起こった数々の異様な出来事を辿って行くと、此処に行き着くので、否も応も無い」という意味で、影響をモロに受けています。

 ですから、日月神示を否定している大本教≒出口王仁三郎氏と、繋がるはずがないと思っておりました。

 だけど、変な繋がりが発生したんです。
 2014年の7月だったか、8月だったかに。

 お手紙が来ました。
 その手紙は、遺産相続に関するものでした。
 差し出し主は、「〇二三二六(わにさぶろう)」でした。
(※もしかしたら、微妙に違っているかもしれませんが、ワニザブロウと読める数字の組み合わせでした)


 それで、私はまた、慌てたわけです。
「なんで、このタイミングで王仁三郎から遺産話が来るんだよ!! 出来すぎにも程があるだろ!!」
 と。


 つづく

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Posted bysusa

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