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神憑りのお話ーー34

susa

神憑りのお話ーー34

 今回は、ボヤキのような回です

《硫黄》を数字読みすると、一〇九、あるいは五〇九でとなります。
 逆から読むと、九〇一、あるいは九〇五。
 
 どちらにしても、「怖い」と読みます。

 確かに、硫黄は「怖い」物質です。
 硫黄は火薬の原料ですし、即死性の猛毒である硫化水素の構成元素の一つです。
(だけど、原始の生命はこの猛毒の硫化水素の中で生まれたと考えられています)
 
 硫黄というと、「黄色」を思い浮かべる方も多いでしょう。
 火山や温泉地などで見かける、黄色い粉っぽい物質の主成分は「硫黄」で、何かにつけて「資源が乏しい」と言われる日本ですが、硫黄は十分な量を自前で調達可能です。もっとも、今は石油を生成する過程で副産物として取り出される為、日本で天然の硫黄の採掘は行われては居ませんが……
 
 ところで、前回「硫黄に数字があるならば、それは」だと書きました。
 
 黄色三五六と書きます。
 
 そうすると、ただこの数列の眺めただけで、硫黄《四》が黄色《三五六》であることは、神の定めた必然のように思えてきます。
 
 太平洋戦争末期、日本とアメリカが壮絶な戦いを繰り広げた、硫黄にちなんだ【島】があります。
 
 硫黄島(いおうじま)です。
 
 数字で書くと、《五〇九二〇》です。
 ひっくり返すと、〇二九〇五(オニ怖い/マジ怖い)です。
 
 そして、先日二、五、九の三つで《地獄》という言葉が作れると書きましたが、硫黄島はまさに、この二、五、九と2つの〇で作られた言葉です。

 硫黄島の戦いは、まさに地獄そのものだったと伝えられています。
  硫黄島では、日本軍守備隊は2万数千名が、米軍側も6千人以上の死者が出て、負傷兵を併せると、被害はアメリカ側の方が甚大だったという、太平洋戦争における《珍しい事例》とされています。
(しばしば、日本軍は将兵を《消耗品》と見なし、無駄な犠牲を出しました。もっとも、全般的に物資が欠乏していた状態だったので、物資を届けたり、人員の輸送をしてやりたくとも、それが出来るような状況でなかったことも事実です)
 
 その結果、硫黄島は日本にとってよりも、むしろ、米軍側にとって重要な意味を持つ場所となりました。
 
 そして、日米双方の軍属を中心とする多くの方が、この硫黄島で《霊体験》をしているという事実があります。
 そのあげくに言われるようになったのが、《硫黄島からは、石一個、草一本だって持ち帰ってはいけない》という言葉です。
 
 持って帰ってしまうと、《祟られる》のだそうです。
 
 あらららら。
 ――また「石(一四)」と「植物」に帰ってきてしまいました。
 
 日月神示の中には、やたら沢山「一四」という単語(数字)が登場します。
「石(一四)」だったり、「伊勢(一四)」だったり、2つ並べて「いよいよ(一四一四)」だったりと、この数字に関しては、特別の扱いがなされているように思われます。
 
 それで。
 最近になって気が付いたのですが。
 私の場合、旅の始まりは「5-1」と点灯するPC用のモニターのLEDから始まったわけですが。
「《異世界(一四一五)》という言葉を連想させる事が、一つの目的になっていたのではないか」という可能性です。
 私の場合、《51(来い)》の後に《41(酔い)》が待っていたわけです。
 そして、どうなったかというと、《一四一五(異世界)》という表現がピッタリの状況に転じたわけです。
 
「そんなの、ただの言葉遊びじゃないか」
 と思われる方も居るでしょう。
 
 しかし、旧約聖書には「初めに言葉あり」と書かれていますし、日本にも「言霊」、「日本は言霊の国」といった表現があります。
 ついでに、科学者は「数式によって、世界の神秘を解き明かせる」と言ってます。
 
《神の奇跡》のようなものが仮に用意されているとして、それが「言葉では無い」等と、どうして言い切ることが出来るでしょうか?
 
 そうそう。
 数年前、空前の「アセンションブーム」だったらしいですね。 今は、どうなったんでしょう?
 

《フォトンベルト》がどうしたとか、《次元上昇》がうんたらとか、大勢の方が熱く語っていたみたいですが、それらはどうなったのでしょうか?
 一人でも、《次元が上昇して神の国に行けた》方が居たのでしょうか?
 
 っていうか――私は、《神の国》に行ったし、《次元(二一or四一)》が上昇したし、《フォトン・ベルト=光子の帯=九九二の〇一=グレン2の舞/秘話の地獄》みたいなモノに方までと言うか頭のてっぺんまでドップリと漬かってしまったわけですが。
 
「巷で言ってたアセンションって、もしかして、コレ(日月神示の発動)のことだったんじゃないの?」とか思ったりもします。
 
 怪談話は、夏の風物詩と言えるでしょう。
 
 私が小学生の頃は、「あなたの知らない世界」という幽霊番組が定番で、友達とみんなでワイワイ語り合っていました。
(あと、矢追純一のUFO特番と川口浩探検隊)
 
 ただね。
 怪談話って、所詮、「他人の話」なんですよね。
 自分が安全な場所にいるから、「娯楽」として楽しめるんです。
 もし、自分の身に降りかかったらどうなるか――それこそ、お祓いして貰えば何とかなるんじゃないかとそれっぽいところを色々と当たってみたり、それでもダメだったら、途方に暮れて諦めたり、「もの凄い非日常」がわんさか起こるようになります。
 
 それはもう、霊云々とは違うところで、様々なことが起こります。
(そう言うことに関しては、私は詳しいですよ。経験者ですから)
 
 でね。
 私の書いていることは、少なからず、「あなた」にも関係があります。
 
 私が「この世界のここン所、絶対におかしいと思う……」と突いている部分は、そのまま、あなたの世界にも通じています。
 
 ガンダムにしろ、宮崎アニメにしろ、私が突っついている部分は、あなたの世界にもそのまま存在しています。
 あとは、「認識する」か「認識しない」かの問題になります。
 
 言葉の根っこに、世界の根本に触れるような何かが隠されていても、「そんなのあるわけないよ」と意に介さない人には、まったく関係の無い話しですし。逆に「あれ? そういえば、なんかおかしい」と感じてしまった人は、その瞬間から「日常」が崩れ去って、「非日常」が始まります。
 
 そして、「この世界、絶対に変だ!!」という認識に立ってしまうと――《世界》の意味が根本から覆ってしまう可能性があります。
 
 何故ならば、「誰かが意図的に仕組んだ仕掛け」があちこちに存在しているという事は――《この世界は人工物である》ということを意味するからです。
 
 そして、そういう認識に立ってしまうと、否応なしにある事と向かい合う事になります。
 
 死後の世界は、あるのかもしれない――という認識です。
 
「人間、死んだらお仕舞い」という考え方は、非常に《楽》です。
 死んだ後のことに関して、考えなくて良いからです。
 どういうことかというと、「生きている間の利益を最大化する」事を追求することが、戦略的な「正解」となります。
《嘘をついても、裏切っても、自分が生きている間に「美味しい思い」が出来れば、それでOK。他人から恨まれたって問題なし》になります。
 
 ところが、「死後がある」という可能性が浮上した途端、状況は一変します。
 
《あっちの世界》には、既に亡くなった方々が大勢して、私の振るまいを観察しているのかもしれません。
 嘘をついたり卑怯なことをしたりすると、死んだ後、《あっち》でのけ者にされたり、復讐されたりするのかもしれません。
 こうなると、「多少の貧乏くじを引く結果になろうとも、他人から後ろ指を指されない生き方をする事」が生きる上での正解になります。
 
(まずね。○○教の信者になったから天国へ往けるとか、○○様のお弟子になったから天国へ往けるとか言う発想が、舐めてるんですよね。誰の弟子だろうが何処の所属だろうが、「嫌な奴は嫌な奴」でしかないんだから)


 数十年前まで、日本人の圧倒的大多数は、後者だったんですよ。そして、日本人の「倫理観」の原点はそこにありました。

 でも、今は、「生きている間にいくらお金を稼ぐか」が基準になってしまいました。その過程で、「死後」という概念は忘れ去られました。結果として、「日本人の性根は腐り果てました」 。
 

 日本人が昔みたいな道徳観を取り戻すためには、もう一度「神」と向かい合わなくちゃダメなんでしょうね。

 そしてーー私がなんで、こんな馬鹿なブログ書いてるかって言うと、結局はそれなんですよね。
 私の体験を通して、世界観が多少でも変わってくれれば、馬鹿を晒す意味はあるのかなぁ……
 みたいな

 つづく

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Posted bysusa

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