神憑りのお話ーー15

susa

神憑りのお話ーー15

ヴェスピオス山s  
ヴェスピオス山 この山は、約2000年前に噴火をした際、ポンペイの町を滅ぼした事で知られている。


 
この記事は
 この記事は《神憑りのお話ーー14》の続きです。

(すこし時間が空いてしまったので、今回の話には、若干、前回と重複する話題が含まれています)

 2014年の旅は、全部で4回ありました。
 旅は「経済的破綻」で幕引きとなって、そのままなし崩し的に、状況は質的に、文字通り《一変》しました。
 
 お金が尽きたので、私は身動きが取れなくなりました。
 
 そんなところに、当てこすりのような《現象》が始まりました。
 あるいは、ずっと前からあったそういうことに、この時、《初めて意識を向けるようになった》、というのが実体なのかもしれません。
 
 テレビやラジオや新聞や、漫画雑誌、あるいはゲームの内容が、尽く、「自分の状況とリンクしているように感じる」ようになったのです。
 
 テレビのレポーターが一月以上の周回遅れでお正月の雰囲気を醸し出しながら、おみくじを引いて、「その恋は何処かへ行ってしまいました」みたいな事をくどい程強調してみせたり、ドラマの推理モノの冒頭で、確定申告の仕組みについて事細かに説明をして見せたり、映画スタンドバイミーのラストに、「もう誰も、あの頃のように愛することが出来ない」みたいな意味深な一言があったり。
 
 確かに、私は旅には、「来い」だか「恋」だかが絡んでいましたし、オケラになって確定申告をする余力も無くなっていましたし、世の人々がまるでゲームのNPCのように感じられて、どう接して良いのか判らなくなっていましたし。
 ですから、テレビなんかでそういうことを改めて言われると、まるで「この番組は、私の為に放映されている?」というふうに、思わずにはいられなくなっていたのです。
 
 そのうちに、某映画がテレビで放映されました。

テルマエロマエ
 テルマエロマエより ルシウス 彼も、「裸」。

『テルマエロマエ』です。
(2月26日だったのかな? 番組の紹介の所で、「フロの日」とか言ってた気がします)
 
 テルマエロマエは、古代ローマで風呂の技師をしていたルシウスという男性が、謎の力によって現代日本に連れてこられ、技術の進んだ現代の風呂の技術や、食べ物や娯楽、あるいは文化を体験し、それを古代ローマに持ち帰って彼の時代に反映させる――ということを何度も繰りかえす作品です。
 基本的ギャグマンガなので、非常にご都合主義的だし、タイムパラドクスのようなことには言及していません。
 
  ただ――
 
 ルシウスがやってた事って、私がやっていたことと、よく似ているんですよね。
 ルシウスは、謎の力に翻弄されて古代ローマと現代を行き来して、様々な体験を通じて色々な事を学ぶ《変人》でした。
 私も、謎の力に翻弄されて東京と名古屋と自宅をグルグル回り、様々な体験を通じて色々な事を学ぶ《変人》でした。
 
 ルシウスの《旅》のテーマは《風呂》でした。
 数字に直すと、二六です。
 私の旅のテーマは、《鶴(弦)》でした。
 数字に直すと、こちらも二六です。
 
 えーと。
 これは、一体、何なんでしょうか?
 
 とにかく、目の前には、「尋常ではない」としか言いようのない現象が起こっているのですが、そのことを、どうやって伝えればいいのか? あるいは、この現象はいったい何の意味があるのか? どのように処理すればよいのか?
 私にはワケが判らず、ただただ、途方に暮れるばかりだったのです。
 
 同じように、ウサギドロップという映画も観てしまいました。
 
 ウサギドロップ。
 数字に直すと、九三三十六二。
 逆から読むと、二六十三三十九(2の神さん、咲く/2の神さん作)。
 
 こちらにも、やっぱり《二六》が絡んでいます。
 
 呆然としながらも、図書館で心理学や宗教を扱った書籍を借りてきて、読んだりもしてみました。
「だからあなたは欺される」という本は、この頃読んだ本の中では、かなり強く印象に残っています。
 この本をきっかけに、私の体験した事は、「カルト宗教の手口」にも似ているという事を知りました。
 
 カルト宗教は、「あなたは選ばれました」とか「○○しなければ破滅です」とか言って、信者を逃げられないようにして、ひたすら自分達の要求を飲ませ、搾取するのを常套手段としています。
 心理的に安堵する為には、教祖や教団の指示に従わなければならないのですが、その教祖や教団の要求していることが、教祖や教団への過度の奉仕である為、結局、信者の心が安まる事は無い――
 
 そういうの、やっぱり私が体験した事とそっくりです。
 
 ただ。
 一つ大きく違う点があります。
 カルト宗教は、教祖様にせよ、教団にせよ、「実在する人間」がやっていることです。
 
 ですが、私の場合には、「誰もいない」のです。
 
 そうそう。
 耳鳴りを自覚するようになったのも、この頃だったと思います。
 
 他に、この頃に視たテレビ番組で強く影響に残っているのは、水戸黄門。
 これは、(あの時点での)テレビシリーズの最終回で、黄門様の孫が宗教団体に洗脳されて、神の使いみたいになってしまう――という、
 
「おまえ、俺をバカにするのも大概にしろよ!!」
 とか言いたくなるようなシナリオでした。
 
 そしてもう一つ。
《感染列島》という映画。
 
 エボラ出血熱に酷似した謎の病原菌によって、日本で膨大な死者が出て、国家が破綻する寸前まで行ってしまう――という、まるで救いの見えない作品だったのですが。
 なんでこの作品が印象に残ったかというと。
 
 もしかして、それでいいの?
 
 って思ったからです。
 
 なにが「いいの」なのか?
 
 架空の世界の日本が壊滅する――っていうのも、日月神示の予言的には《あり》なのか?
 って事です。
 
 ちょうどこの頃、私は夢遊病患者のように、とあるゲームをやっていました。
 アドバンスド大戦略98-2
 通称「ツヴァイ」。
 
 ナチスドイツが世界を相手に、大戦争を行う――という、世界大戦争ゲームなのですが。
 
 もしかして、これも日月神示の予言的には、「世界大戦」としてカウントしても良いのだろうか――
 とか思ったのです。
 
 このことは、ほんの僅かではありますが、私の心を軽くしました。 


 つづく

スポンサーリンク

Posted bysusa

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply