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神憑りのお話ーー10

susa

神憑りのお話ーー10

終わりの日に人はネコの前に立つ 
 キリスト教の看板を弄った悪戯 名古屋のこと、尾張(おわり)っていうよね。そんで、「九」って漢字には「おわり」って読み方があるよね。

 この記事は神憑りのお話ーー09》の続きです。

 そこは、墓地と行っても縦横それぞれ30m程度で、記憶では2面が道路に接していて、暗く重苦しい感じの一切しない、近代的な所でした。
 入り口直ぐの所に、何の木だったかは判らないけれど中くらいの木が一本植えられていて、その周辺に水をかける為の桶や水道がありました。
 墓地の中からなら、誰かが近寄れば直ぐに判るので、とりあえず重たい荷物は入り口付近に置いておき、それから文字の書かれている看板を読みました。
 殆ど記憶していないのですが、その看板には、この場所に墓地が移される経緯が書かれていたと思います。どういう事情だったかはよく覚えていませんが、「食べ物」がどうたらこうたらとか書かれていたと思います。

 ぶっちゃけると、「何のことか判りません」でした。
 なにしろ、睡魔と空腹と疲労の極地にあって、油断をするとたちまち意識がぶっ飛んでしまいそうだったからです。
 それでも「ここに引き寄せられたのだから、ここには、それなりの理由があるはずだ」と思って、お墓を一つ一つ見て回りました

 すると、どうも、「普通のお墓」ではないのです。
 殆どのお墓には、「蓮の花」の紋が刻まれていました。
 その「蓮の花」にも二種類あって、つぼみの状態のものと、開花している状態のものがありました。
(この違いは、いったい何なんだろう?)
 そういう宗派の共同墓地、ということなのでしょうか?

 そして、その時の私は、「目的を達成出来た人が開花した紋」「目的を達成出来なかった人が蕾の紋」だと直感してしまいました。

 おまけに、一つか二つ、没年月日に2014年以降のものがあったと思います。
 記憶に間違いがなければこの日は2014年の1月19日だったので、2014年に没した方のお墓が存在する、ということは、殆ど考えられないことで、「やっぱり、どっか変な世界に迷い込んじゃったんだなぁ……」とか、改めて考えました。

 それと、この時、なんとなく、自分に求められている事が、判りました。
 神様の言葉には、濁りや穢れがありません。
 つまり、濁点は存在しません。
「花を咲かす」と「花を捜す」は、神様の言葉的には、全く同じ「はなをさかす」です。

 今の私は、ここで「花を捜す」ことを求められているんだな……
 と。
 まぁ、「判った」ではなく「そう思った」という表現が正しいのですが……

 とにかく、それで私は、「花探し」を始めました。
 といっても、1月に咲いている花なんて、そうそうあるものではありません。
 アレばすぐに解ります。
 ですから、この時の私に出来たことは、「お墓」を一つ一つ、丁寧に見て回る事ぐらいです。

 いや。
 何となく、「入り口付近の木」が気になっていました。
 お墓は、あくまでも「おとり」じゃないのかな?
 と。
 しかし、確証は持てません。

 そうこうしているうちに、更におかしなお墓を見つけます。

 お墓の一つに、「艮」の文字が刻まれていたと思います。
(艮の金神?)

 一文字だけでなく、下にも文字が続いてたのですが、よく覚えていません。
 ただ。
 それを目にして、またしても、私は思ったわけです。
「あぁ。このお墓は、俺の為に用意されたヤツだ……」と。

 艮の金神というのは、やはり日月神示の中に頻繁に登場する、主役の一柱です。

(「神子」やら「スサノオ」やら「艮の金神」やら、色んな名前が出来てます。でも、おそらく、全て一人(一柱)の存在を、違う角度から見てそういう風に呼んでいるだけ、だと思われます)。

 それで、ますます、「あぁ、これはやばいぞ。間違ったら、このままこの空間に閉じ込められて、死んでしまうのかもしれない……」とか、思ったりするわけです。

 それから――5分間だったのか、10分経過したのか、30分経過したのか判りませんが、私は今まで以上に真剣になって、お墓の観察を続けました。

 すると、その時。
 どこからとも無く一匹の猫が現れて、まだお墓が設置されていない所で、排泄を始めてしまいました。
 まさに、「絶妙の演出」でした。

 私はそれを土ごと掬って、入り口の木の所まで持っていって、ニオイを嗅いで見せて、「このババさ、臭~(コノハナサクヤ)」とかなんとか、強引なダジャレを言ってから、それを根元に埋めました。

 端から見れば、完全な「お馬鹿さん」ですが、ここに至るまでの経緯を考えると、どう考えても、「誰かが視ている」「誰かに見られている」という感じです。
 ならば、もう、「視ている誰かさんが求めているであろう事をしよう」。
 という風に考えたのです。
 この空間の中では、何をしても、その「誰かさん」が納得してくれない限り、無駄だと思ったからです。

 それから、「はなをさかす(はなをさがす)」では、「鼻」だって該当しますから。

「はいはい。《鼻》なら、ここに有りますよ」
 って意味もあります。

 そして、これ以上やることは無くなったので、私は入り口の所にある水道で手を洗って、荷物を持って、そのまま墓地を後にしました。
 そして、駅を目指しました。

 途中、振り返ると、向こう側に冨士山のような山が見えて、山腹の辺りから噴煙が立ち上っているのが見えました。
(ずっと後になって、あの周辺には、「冨士山」という山が実際に存在していることを知りました。ですから、あの時に私が視た山は、本当に「冨士山」だったのかもしれません)

「大難を小難に」
「冨士山を爆発させないで下さい」
 みたいな事がこの旅の根っ子にあったので、その光景は、私にとって十分満足出来る答えでした。

 駅にはすんなりと辿り着けました。

 なんとなく、空気が違っていて、ここが「あちらとこちらの世界の境界」みたいに感じました。
 そして、構わずに電車に乗って、名古屋駅に向かいました。

 座席に座ると、その内に眠りに落ちてしまったように記憶しています。
 そして、眠りに落ちる前、
(もし、アレで納得して貰えなかったのなら、このまま死んじゃうのかな?)
 とか、考えていたように思います。

 あの時に死んでいないので、今こうして文章を書いているわけですが……

 この日は結局、あれほど苦労したにも拘わらず、ラーメン店には行かなかったことになります。

 つづく

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Posted bysusa

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