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神憑りのお話しーー03

susa

  神憑りのお話ーー03

風の谷のナウシカ「この文字は生きている」
  「風の谷のナウシカ」より 墓所で、年に二回、一行だけ「世界の真実」を提示する文字盤に触れるナウシカ。読み手によって、また、読む時の立場によって、解釈が大きく変化する【日月神示】は、この文字盤を連想させる。

 この記事は神憑りのお話しーー02》の続きです。

「日月神示」の中に潜ませてあった暗号を解いて、おかしな現象が起こるようになったことは、不可避の事故みたいなものですので、今更悔やんでも仕方がないでしょう。
 また、訳の解らない呼び出しが来て、散々引きずり回されて、疲れ果てた挙句に、ラーメンが出てきたことも、良しとしましょう。

ーーそれで、全てが解決したのであれば。
 そう。
 名古屋から戻った当初、淡い期待をしたのですが、事態は一向に収束には向かいませんでした。
 むしろ、身の回りの数字がやたらと気になるようになり始め、状況は悪化しました。
 夜中に目が覚めて、ふと時計を見ると「1:23(ひふみ)」だったり、「2:23(富士山)」だったり、よくもまぁ、これ程正確な時間に眼を覚ますことが出来るものだと、感心するぐらい、意味深な数字を見せられ続けました。
 そしてまた、実に腹立たしいことに、ここから繰り出されるメッセージには、「くだらないダジャレ」がとても多かったです。
 しかし、いくらダジャレといえども、毎度毎度、時計を観るたびにそういう時刻だと、精神的にかなり圧迫感があります。帰宅後、あっという間に、この「数字」は、私にとっての大きなストレスになりました。

 と同時に、私の中で、疑問が膨らみ始めていました。

風の谷のナウシカ「人類はわたしなしには亡びる」
  「風の谷のナウシカ」より ナウシカ達に語りかける旧世界(九世界)の思念。

「もしかして、こいつ(ヒツクの神)、人類を救う気なんて、これっぽっちも無いんじゃないか?
「もしかして、オレのことをおちょくって、楽しんでいるだけなんじゃないのか?」
 という疑問です。

 そもそも、私が東京へ行ってチャンネル桜(田母神候補)の演説を聴いたり、名古屋の扶桑へ出向いれラーメンを食べることに、何の意味があると言うのでしょう?
 どうして、それが「人類のため」になるのでしょうか?

 いくら考えても、自分のさせられた行為が、ソコに繋がらないのです。

 モヤモヤとした気持ちのまま、時間が過ぎてゆきました。
 おまけに、私の疑問に対して、明確な解答を示してくれる存在はありません。
 私は半ば呆然としながら、家の中の溜まったゴミを片付ける(捨てる)作業を続けたりしました。
 部屋の中で、風の谷のナウシカの最終巻を見つけて手にとったのは、この時期でした。

 ネタバレになりはしますが、この漫画のラストに関しては、話してしまって構わないでしょう。この漫画のヒロン(ナウシカ)は、物語の最後に、「旧人類」を滅ぼします。
 正確には、「旧人類が希望を託した後継種」です。

 旧人類にとって、ナウシカ達は、あくまでも「一時的な存在」として創りだされた生命でした。
 やがて、「旧世界が用意した、優良な真の後継者」が取って代わる計画になってしました。
 ナウシカは、そんな旧人類のシナリオを拒絶して、まだ卵の状態にある、次の時代の種族を滅ぼしてしまいます。
 しかも、ナウシカ達は自分達が清浄な世界を生き抜く術を持ちません。
 地球の浄化は確実に進行していたので、ナウシカ達の滅びの運命も確定しているようなものです。
(自らの手で汚染を作り出せば別でしょうが……)

 普通に考えれば、地球が浄化された時にこそ、ナウシカ達にとっての「地獄」が訪れることになります。
 もっとも、《その時》が来た時、ナウシカは既にこの世を去っているのでしょうが……

 当時の私には、このナウシカの選択が傲慢に感じられました。

 昔読んだ時は、そんな感情は全く感じなかったし、大好きな作品なのですが、「視点」が変わると、同じものであっても、印象がまるで変わってしまうんだなぁ……
 なんてことを、しみじみと感じた事が、印象に深く残っています。

 何しろ、当時の私は、曲がりなりにも「人類を救う」という目的のために行動していたのですから。
(すごい規模で同じ所を行ったり来たりした挙句、ラーメン食ってきただけなんですけどね)

 また、この頃は唐突に部屋の何処かで、パチリ、とか、カチリ、とか、スイッチが切り替わった時のような音が響いたり(いわゆるラップ音というやつですね)、常識では考えられないようなことが連発していました。
 そして、太陽がこれに加わります。

 太陽が、私の後をついてくるようになった(と感じるようになった)のです。
 雨が降っている方向へ向かっても、私の往く先々だけ、晴れるのです。

 そんな折、また、PCのモニターが点いたり消えたりをして、私に「呼び出し」をかけました。

 もちろん、行きたくなんてありません。
 だけど、抵抗している間は、モニターがしつこく点灯して怖いのです。
(流石に、電源を引っこ抜けば止まりましたが)

 そんなこんなで、いやいやながらも、再び「桜の旅」に往くことになりました。

 つづく。

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Posted bysusa

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