そして、《変態》という人種が生まれた――⑯

susa

そして、《変態》という人種が生まれた――⑯

フリーザー様(戦闘力数53万)  
ドラゴンボールZより フリーザー 不老不死を求めてナメック星でドラゴンボールを集めている際、地球から来たクリリン、御飯、及び反逆者であるベジータ、そしてナメック星の住人達を交え、三つ巴の戦いを繰り広げるも、遅れて地球より到着した悟空によって、最終的には倒される。普段は強すぎる能力をセーブするため、あえて肉体レベルを落としているが、必要に応じて《変体》もとい、《変身》して戦闘力を向上させる漫画そのものでもかなりメジャーな存在だったが、AA(アスキーアート)が作成されると、その使い勝手の良さから、インターネット上の匿名掲示板等で爆発的に広まり、その「人気(?)」はさらに拡大した。
 冷酷で、些細な理由で簡単に部下を殺害する。「私の戦闘力数は53万です」というセリフは、登場時にはインパクトがあったが、主人公達が次々に成長を遂げ、この数字を凌駕してしまったことから、最終的に彼の存在は「単なるギャグ」
になってしまった。ナメック星での戦いの後、かろうじて回収され、サイボーグと化して復讐の為に地球に攻め寄せるものの、タイムマシンでやってきたトランクスによって、親子共々、なんの見せ場もないまま、一方的に殺害される。本当に、「ギャグキャラ」に成り下がってしまった。彼は、宇宙の帝王だったはずなんですがね……

 
この記事は
そして、《変態》という人種が生まれた――⑮の続きです。

 機動戦士ガンダムの世界では、最初にモビルスーツザクが登場し、圧倒的な戦闘能力でサイド7の守備戦力を壊滅に追い込み、それをガンダムが撃退するところから物語が始まります。
 その後、終戦までの数カ月間の間に新型モビルスーツが次々に登場し、当初は性能的には無敵といえる存在であったガンダムも、ジオン軍のサイコミュ兵器と回戦が行われるようになる頃には優位性が揺らいでゆき、最終的に、ガンダムは(相討ちという形で)撃墜されます。ただし、主人公アムロ・レイはその直前にガンダムを自動操縦に切り替えており、この事態は生き死にには全く影響を与えませんでしたが。

 戦争が終わっても、モビルスーツのさらなる進化は続き、ガンダムの続編であるZガンダムでは一年戦争当時のモビルスーツは一線を退いていました。
 ビーム兵器はあって当たり前の標準的な装備となり、その出力はうなぎ登りでした。
ムーバブルフレームや360度スクリーンといった新技術が登場。可変モビルスーツサイコミュ兵器・ファンネルを搭載した新たなカテゴリーのモビルスーツも出現しました。
 この進化の流れはZガンダムの放映終了の直後に始まった機動戦士ガンダムZZにおいて一層顕著なものとなり、「恐竜的進化」とも表現されるような、モビルスーツの「大型化」「高出力化」「万能化」が進みました。

クイン‥マンサ(食玩)_s
機動戦士ガンダムZZ より クイン‥マンサ 「恐竜的進化」を遂げていた時代にモビルスーツのたどり着いたひとつの《変体》、もとい到達点。全長39.2m 全装重量  264.7t。ビグザムの大型メガ粒子砲とほぼ同等の頭部メガ粒子砲(三門)多数のメガ粒子砲、ファンネル、ビーム攻撃を無効化するIフィールドを有す。ミサイルに対する防御力も十分で、フルアーマー状態のZZガンダムのミサイル照射を受けても戦闘継続に支障をきたすことはなかった。この機体とZZガンダムとの勝負の行方は、ZZガンダムのパイロットであるジュドーがクイン‥マンサのパイロットであるプルツーを説得する、という形で終わっている。カタログスペック的には、ZZガンダム側に勝てる要素は無いので、主役メカを温存させるためには、そのへんが落とし所としては妥当だったのだろう。この機体の欠点といえば、通常の戦艦の格納庫に収納することは絶望的、ということぐらいであろうか。なお、写真はバンダイから発売された食玩のものである。食玩ではあるが、税別で価格は19,440円であった。これだけで、十分、《変体》である。

 逆襲のシャアの時代になると、新技術である「サイコフレーム」が登場しましたし、UCガンダムの時代になると、部分的な使用にとどまっていたサイコフレームを内部骨格全体に使用した超高性能機が登場しました。
 ですが、そこで進化が止まったわけではなく、ビームを弾くビームシールドが登場したり、小型化による製造コストの低減や機動力の向上といったことが行われました。

 一言で表現するならば、「競争には際限がないのです。

 生物の進化も同様です。
「競争状態にある限り、進化は際限なく進む」のです。
 その進化が、単純な「強さ」を求めたものか、環境の変化に適応するためのものかは別として。

《私の戦闘力は53万です》
と圧倒的な無敵状態で得意げになっていたフリーザーが、後半には悟空に凌駕され、次のシリーズが始まる冒頭ではただの雑魚の様になで斬りにされてしまった状態に似ています。

『三菱零式艦上戦闘機』とこ『零戦』は、太平洋戦争の序盤では『無敵の強さ』を誇りましたが、『太平洋戦争中盤以降』はフリーザーがそうであったように、どうあがいても敵戦闘機に太刀打ち出来ない惨めな状態に追い込まれてしまいました。『零戦が無敵だったのは、花の命と同じように、ほんのつかの間だったのです。

零戦s
零式艦上戦闘機 機体強度と引き換えに、極めて高い運動性と航続距離を獲得した、太平洋戦争時における日本海軍の主力戦闘機。ただし、徹底した軽量化の結果、急降下攻撃をしようとすれば機体は空中分解し、僅かでも被弾すれば簡単に炎上してしまうという、強度面では極めて《変体的》、もとい、劣悪なものとなった。もし零戦が、イギリスのモスキート戦闘機のような特殊作戦機であれば、これで正解であったと言えるが、日本の不幸な点は、この変体戦闘機が主力戦闘機であった、という点である。そのため、米軍が速度と機体強度を最大限に発揮する二機一組のユニットによる一撃離脱戦法を採用するようになると、速度と強度に劣る零戦は、全く勝負に勝てなくなった。米軍がVT信管を完成させて以後は、防御面に難のある零戦の置かれた状況は、いよいよ絶望的となり、最終的には「戦闘機」ではなく、「自爆体当たり攻撃機(神風特攻)」として運用されるに至った。零戦は、戦艦大和と並ぶ、悲劇の象徴である。

 強い戦闘機は、零戦の後も次々に登場し、戦後になっても戦闘機の進化は留まるところを知らず、
『ジェット戦闘機』の時代となり、自衛隊だけでも、F86F、F-86D、F-104、F-4、F-1、F-15J、F-2、F-35と、機体性能の向上を繰り返して
現在は『ステルス戦闘機』の時代へ移行中。では、F-35=ステルス戦闘機が究極の到達点なのかというと、全くそんなことはなく、兵器の進化は今後も続いて今後は、『無人戦闘機』が主流となるのでしょう。もちろん、そこがゴールというわけではありません。
 また、太平洋戦争に話を戻すと、
『戦艦大和』にという化物は、2隻の建造に対して当時の年間軍事予算の1/2〜2/3を費やし、更に空母に改造された信濃も含めれば、計3隻作られたわけですが、
『国の命運を掛けていた』という割には、それに見合う戦果を上げた艦は皆無というお粗末さでした。信濃に至っては、製造途中に甲板に乗せていた航空機もろとも、移動中に魚雷攻撃を受けて成すすべもなく消し飛びました。この信濃は、戦闘可能な状態になる直前に、文字通り「消えた」のです。

呉海軍工廠で艤装中の大和-19410920s
呉海軍工廠で艤装中の大和 出典cdn.snsimg.caview.co.jpより 全長263.40 m 満載排水量 72,800 t 主兵装として46cm三連砲×3門を有した、史上最大の戦艦。強大な火力と絶対の装甲によって、敵の射程外から一方的に攻撃を仕掛けて敵を殲滅するという思想に基づいて制作された、大日本帝国の対米軍事戦略の要。配線色が濃厚となって以後も、「大和さえあれば日本は負けない」と信じていた軍人もいたと言われている。だが、当の大和はご自慢の「アウトレンジからの一方的な攻撃」を航空機によって仕掛けられ、撃沈する。米軍が殺到する沖縄へ、勝ち目のない戦いに向かう、その最中の出来事であった。写真は艤装中のものであるが、甲板上に作られた作業小屋との対比が、大和がいかに巨大であったかを雄弁に語ってくれている。

 そういうと、「大和建造によってえられたノウハウは、莫大なものである。大和は大いに意義があった」と言う人もいますが。
 そうじゃねぇだろ!!
「建造によって得られたノウハウ」を持ち出すのなら、完成した大和級の不振と連合艦隊の壊滅によって、「日本が焦土と化した」ことを引き合いにたさなければフェアではない。得たものだけを並び立てれば、意義が大きかったように聞こえるが、失われたものの大きさを考えれば、答えは自ずと「馬鹿なことをした」という答えにしかたどり着かない。
 勝つために、あるいは、負けないために建造された大和級が、その役割を果たせなかったのだから、これは、「明らかな失敗」なのです。
 そして。
 航空戦闘で勝てなくなり、艦隊戦でも大敗を喫した日本は、やがて本土に空襲を受けるようになります。その極めつけが、「原子爆弾」の投下でした。

爆発した原子爆弾(長崎)
原子爆弾によって出現したキノコ雲 (長崎) 1945年8月6日、広島に、同年8月9日に長崎に、それぞれ原子爆弾が投下された。広島では9〜16万人が、長崎では4〜8万人が死亡したとされている。「現在の核兵器」は、この2つの原子爆弾の数百、数千倍の破壊力を持つ。

 広島、長崎に投下された原子爆弾は、「核分裂式」
でしたが、現在核兵器といえば、「核融合型」が常識であり、その威力は核分裂型の数千倍に達します。
(核分裂型は、一定以上の重量になると、勝手に臨界状態に達してしまうので、ある程度より威力を強くすることが出来ないが、核融合型はそのような成約が無いため、理論上はどこまでも威力を向上させることが出来る)

 じゃあ、今の日本に、「アメリカに報復を!! ニューヨークとワシントンに核攻撃を!!」
と、本気で考えている人が日本にいますか?

 ね?
 誰も考えません。そんなことを主張しても、「この人は馬鹿だ」で片付けられて、参道なんて得られません。
 連鎖から、抜けだせんるんですよ。

 そして、一度抜けだした不幸の連鎖の中に、また戻るなんて、バカのやることです。

 生命の進化は、生物界における生物の《在り方》の必然なのかもしれませんが、戦争や競争は、人間社会はにおける人の《在り方》の必然では無いのです。

 つづく

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Posted bysusa

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