ピテカントロプスの神様(心の中に住み着いた誰か)――④

susa

ピテカントロプスの神様(心の中に住み着いた誰か)――④

よつばと!「ここよつばのいえな」
「よつばと!」より

この記事は《ピテカントロプスの神様(心の中に住み着いた誰か)――③ 》の続きです。

 多少前後しましたが、「無意識が増加した」の話し(前々回)に戻ります。

 ハチという昆虫がいます。
 最も有名なのは蜜蜂で、これは人間によって古くから家畜化されている程、極めて有益な生き物です。この蜜蜂は、女王を頂点とした社会を持ちます。同じような社会性を持ったハチには、スズメバチがいて、これは逆に、時折人間の命を奪う、一種の脅威として存在しています。
 他にも、単独性の猟蜂の様な蜂もいます。

 ピテカントロプス以前の脳の仕組みは、どちらかというと猟蜂に近かったと言えます。
(とはいえ、霊長類の脳機能にはかなり多くの無意識領域が存在しており、狩鉢に近いというよりは、《「ワーカー」の数が少ない、作られたばかりの頃の蜂の巣に似ていた》、という表現のほうが現実に近いでしょう)

 本来、動物は「脳」にエネルギーを回すぐらいなら、筋肉を発達させたり、身体を大きくしたり、一度に生む子孫の数を増やす方を選択します。
よつばと!「ジャンボだ!」1巻_s

 生きてゆく上で、「超綿密な計画」みたいなモノは、殆どの場合、実現不能に終わるからです。どんなに脳を発達させて賢くなっても、食べられたら、そこで終わり。どんな優良な餌場も、もっと強い生き物に占拠されたら終了ですから、知能の向上などよりも、まずは今、この一瞬に大きな力を持って、すこしでも長く生きることが出来る事を、あるいは、より多くの子供を産み残すことを優先させてゆくのです。人間だって、どんなに頭脳明晰でも、十代前半に死んでしまっては、子孫を残すことはまず無理ですし、当然のように歴史に名前を刻むことも無いでしょう。本人の生涯はもちろんのこと、一族の役に、全くと言っていいほど貢献できません。
 ですが、たとえ馬鹿でも、無敵の身体を持っていれば、何かの間違いが起きて、ひょっとしてひょっとする可能性が有ります。
 生物界における「理不尽ゲーム」に勝ち残るためには、なによりも、まずは生きることが重要なのです。

 ところが、人類の祖先は、これまでに何度も繰り返しお話ししてきたように、のっぴきならない事情から、是が非でも脳を巨大化させなければならなくなりました。
 脳の巨大化が、脳が生存戦略上有益か否かという次元を飛び越えて、生命体として存続するための必須条件となってしまったのです。

 それで私たちの祖先の精神は、「無意識」が増え、結果として、意識という「女王」と、無意識という「ワーカー」による、一種の社会体勢、分業システムのようなものを構築してしまったのです。「無意識」のすべてが、無条件で意識に従属するわけでは無いのでしょうが、それでも、一定数、一定の割合は、「女王」の地位にある「意識」が発した願いを、可能な限り叶えようと努力する仕組みです。

よつばと「巨大てるてるぼーず」角度修正
 「よつばと!」より

 蝶々やカブトムシの様な一般の虫は、「自分が探しに行って、そこに蜜がなければ、諦めるしかありません」。
 他の動物の精神は、「その場で考え、答えに辿り着けなければ、そこで諦めるしかありません」。
 ワーカーのいない簡単な構造の精神においては、「答えを導き出す為に使用出来る時間=その問題について考えている時間」で、しかも、、野生動物は、食べ物を捜したり、外敵を警戒したりと、意識を集中させなければならないことが山の様にあるため、一つの問題について、長々と思考を続ける余裕はありません。

 ですが、人類の脳はむやみにワーカーが増えたため、「ワーカーの誰かが有望な蜜源を見つけてきたら、それを報告して、みんなでそちらへ向かう」という事が可能となりました。
「ワーカーの誰かが答えにたどり着いたら、それを採用する」という事が可能となりました。
 おまけに、「女王」が全く違うことをしていても、「ワーカー」は与えられた課題を解決すべく、ひたすら、延々に、黙々と、泣き言も言わずに作業を続けてくれます。
 従って、理論上は「答えを導き出す為に使用出来る時間=寿命の長さ」となります。

 これが、私達人間の脳と、他の動物との、根本的な違いです(個々の生物たちがどれぐらいのレベルでマルチタクス処理を行えるかはよく解ってませんが、考察を積み上げてきたら、そのような結論に到達します)。

 コンピューターのOSが、DOS時代のシングルタクスから、Windows3.1や95といった、不完全なマルチタクス時代を経て、Windows2000以降の真のマルチタクスOSに進化したのと、この関係は瓜二つです。
(そう考えると、ピテカントロプスは、Windows3.1とかWindows95とかの世代ってことになりますね)

「意識」であれば、途中で途切れて――そこで終わってしまう答え探しが、「無意識」ならば、時間の制約が無くなるのです。

 そして、動物達が生きる上で直面する課題の大抵、時間さえかければ、答えを導き出せる様な性質のものです。

 人類の知能に「跳躍」をもたらしたのは、この様な「無意識」の活躍でした。

 そして、ピテカントロプスは「高度な石器(本格的な打製石器)」を使用するようになり、人類史における最大の事件とも言うべき「火」を道具として用いるようになりました。

「燃焼」とは、いかなる現象なのか。
 モノが燃える為には、ナニとナニが必要で、ナニをしてはならないのか。
 私たちの祖先は、十分な量の無意識を手に入れることで、それらを理解するに足る高い知能を獲得するに至ったのです。


よつばと!「火の扱い方だけど」12巻
「よつばと!」12巻より

 その性能の如何はともかく、Windows95は、今でも「使用に耐える」水準に有ります。
(そういえば、北朝鮮のミサイル打ち上げ管制に使用されているコンピュータのOSは、Windows95だったそうですね。OSはそれで良いとして、マシンの方は、どうなんでしょうかね? Winodws95だと、USBとか、つながらないじゃないですか)
 同じように、ピテカントロプスたちの精神も、基本的な部分は、現代に生きる私達と、ほぼ同質の域に達していたと考えられます。
 少なくともこの時点で、私達の祖先であるピテカントロプスは「紛れもないヒト」だったのです。
よつばと!「人だよ!ホモサピエンスだよ!!」
「よつばと!」より

 つづく。

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