そして、《美男》、《美女》という存在が生まれた――④

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そして、《美男》、《美女》という存在が生まれた――④

コウロコフウチョウの求愛ポーズs
求愛ポーズをとるコウロコフウチョウのオス。メスは、めったにやってこないが、それでも、オスはひたすら求愛ポーズをとり続ける。

 この記事は《そして、《美男》、《美女》という存在が生まれた――③》の続きです。

 残念なことに。
 そして。
 幸いにして。

 この世界には、完璧な人間なんて一人もいません。

 その為、出会った相手と上手く付き合う為には、相手の嫌なところを、なるべく見ないようにする技術が不可欠になります。
 相手の欠点ばかりが目についていると、二人の人間関係は、あっという間に破綻に向かいます。相手の欠点を一方的に指摘し続けられるほど、自分も完璧ではないので、嫌味を言い続けられた側の方も、必ず自分の欠点を(例え心の中であっても)罵り始めるからです。

 もし関係が破綻した場合、二人の間に小さな子供がいたら、その子はかなり高い確率で犠牲になります。文明が発達した現代なら、社会集団がこれを支えるという事もあり得ますが、太古の昔にそんな事は期待出来るはずもなく、ちいさな子供は、早晩命を落としたでしょう。
 というわけで、子孫を残し続けてゆくため、少なくとも、その子供が一人で歩き回れるような年齢までカップルを持続させることが目標となります。

「ヒト離婚四年説」という仮説が多くの人々を驚嘆させたのは、今からもう30年近く前の事になります。
愛は何故終わるのか?

愛はなぜ終わるのか
    作ヘレン・E・フィッシャー,翻訳吉田 利子

    「恋」の持続期間はおよそ3年間である。
     そして、4年目には離婚(破局)してしまう。
     その間に、男女は子供を作り、子供は最低現のことを自分で出来る年齢になる。
     ちょうどこの時期に合わせて恋愛感情は薄れてくるように、「最初から、全てがプログラミングされている」

     というのが、「ヒト離婚四年説」の主張でした。
     (この本を読んだ時は、かなり衝撃を受けました)

     別れたことで、男女は新しいパートナーを捜します。
     その結果、子孫の遺伝的多様性が確保される。もし、なにか悪性な伝染病が蔓延したりした時にも、子孫の誰かが生き延びる可能性が、高まる。(ただし、「先の子供がちゃんと生存できていたら」、の話ですが)
     理屈では、確かにそうなります。
     意図するにせよ、意図しないにせよ、恋愛は、目的ではなく、手段として機能している、ということです。


    (いちいち言われなくても判っているでしょうが)恋に落ちると、相手の欠点さえ、愛おしく感じます。

     だから、一緒にいても心地よく感じる事が出来ます。
     恋愛効果が薄れると、細かいことが気になりだして、相手に対する嫌悪感ばかりが増してゆきます。
     そして、「私は、どうしてこんな人と付き合ってしまったのだろう?」と、自分の愚かさを呪い、別れを考える様になります。

     また、恋の魔法があまりにも効き過ぎると、とんでもないダメ人間にのめり込むことになって、本人が満足していても、端から見る側からすると、ととてつもなく悲惨に映って、目を覆いたくなってしまいます。

     逆に、未だ観ぬ《完璧超人》が何処かにきっと居るはずだ、として頑なに理想の相手を探し続けると、「結局、そんな人なんて何処にも居なかった」という事で、やっぱり、人生を棒に振りかねません。

     とはいえ。
     人間に限らず、恋を求める多くの者が、少しでも素敵な相手を振り向かせたい、と、懸命な努力をするわけです。
     例え相手が振り向いてくれなくとも、美しくなる為に、努力をするわけです。

    フラミンゴの求愛のダンスs
    フラミンゴ。上手く行くかどうかは、結局、本人たちの頑張り次第。

    つづく。

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    Posted bysusa

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