人類の知性の起源ーその①

susa


 縄文時代の神々(国津神)の話しから、天津神の物語に続けようと考えていたのですが、もっと古い時代から話をすることにしました。
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人類の知性の起源ーその①


 アフリカでは、恵まれない子供達が、

 食料や医薬品の不足から、毎日大勢、命を落としている……


 テレビや新聞、雑誌等には、この手の広告記事が必ずといって良いほど掲載されていて、「だから子供達を救う為に、募金に協力して下さい」とお決まりの文句に続くのですが、これからお話しする事は、

募金のお願いではなく、

人類の知性が如何にして始まったのかに関する考察です。


 人類が、壁画に画を描くなどといった高度な知的活動の足跡を顕著に残し始めたのは、今からおよそ五万年前頃からでした。同じ頃、人類は知性向上の象徴とも言える道具、「針」を発明しています。
「針」は、基本的に道具を作る為の道具です。単品では意味を成しません。ですから、針があるということは、針に通す糸があったということであり、これを用いて動物の毛皮などを縫い合わせ、ブーツや手袋、防寒着、さらには刺繍といった装飾を行っていた、という事になります。

 これこそが、我々の定義するところの「文明」です。


デニソワ人の針
ロシア・アルタイ山脈の洞窟から発見された、人類最古の「針」

 それではいったい、5万年前の人類の身の上に、どのようなことが起こったというのでしょうか?

 こういう説明に「宇宙人」や「神様」を持ち出す方がいますが、ここではそれらは持ち出しません。「宇宙人」や「神様」は、完全なる「禁じ手」です。説明の理由として人智を越えた宇宙人や神様を持ち出すということは、事実上の思考停止。「何も考えていないのと同じ」です。
(なんでもかんでも「神様」で相手を納得させようとする宗教がやっている事は、見方を変えればただの思考の停止の強要です。ただし、考える事を辞めれば、確かに気持ちは楽になる、というのも事実ではあります)
 もしかしたら、「神様が知性を授けて下さった」という言葉によって、「説明したキモチ」になったり、「理解した感じ」がしたりするかもしれません。ですが、実際には、全く説明になっていません。説明になっていないのだから、当然『理解出来てもいない』のです。
 問題は全く解決していないのだけれど、目に見えないところに押し込むことには成功したので、ストレスから解放されただけです。
 こういう行為を、世間では「臭い物に蓋をする」と言います。

 つづく


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Posted bysusa

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